インドライオン
Asiatic Lion (Panthera leo persica)

「上野動物園からライオンが消えた―。」

平成3年5月。
東京都・恩賜上野動物園では、都内にある動物園で飼育されている
稀少な動物の繁殖事業に着手、
その事業に必要な用地を確保する為に様々な動物を他の動物園に転出した。

動物園でも屈指の人気を誇るライオンもそのひとつだった。

稀少な動物を飼育下で繁殖させるには広大なスペースを必要とする。
限られた土地に建設された動物園では、
その事業を遂行するには、どうしてもスペースが足りない。
それ故の、言わば苦肉の策であった。

然し、繁殖事業が本格的にスタートしてからも、
上野の杜からライオンが消えた事を惜しむ声は多かった。

それから11年後の、平成14年3月。
上野の杜に、久々にライオンが帰って来た。それも、只のライオンではない。
インドの限られた土地に少数の個体が命脈を保っている、
アジア大陸最後のライオン―インドライオンが搬入されたのである。
飼育下での増殖を期待されて…。

動物園は今、嘗てのような単純な見世物小屋的な存在から脱却し、
人間の生産活動の犠牲になった生き物の命脈を少しでも保とうとする為の、
言わば「箱舟」の役割が大きくなっている。
本来ならばこうした存在抜きに動物達が安泰に暮らせればそれに越した事は無い。
然し、それが難しい今となっては、
「箱舟」の存在は我々が子孫に自然の素晴らしさを伝える上で、
欠かす事の出来ない存在になりつつあるのもまた事実である。

希少動物を飼育下で繁殖させ、尚且つ来園するお客達のニーズに応える上で、
これ以上の策が果たして存在するだろうか。

陽だまりの中。
そんな人間達の思惑など知らぬ気に、
インドライオン達は今日も日向でのんびりとくつろぐ。
嘗て「百獣の王者」として畏怖された面影のままに。

獣王の子孫よ、これからも健やかであれ。

「箱舟」の新たな乗客になった、
君達の再びの繁栄を願わずにいられない。

<データ>

*分類*
哺乳綱 食肉目 ネコ科
*分布*
インド(ガー森林国立公園)の森林地帯
*大きさ*
頭胴長1.5〜1.95m、尾長78〜88p、体重150〜200kg
*食性*
肉食。シカ、スイギュウ、イノシシ等の大型草食獣を主に捕食。
*備考*
ライオンのアジア産亜種で、嘗て中東からアジア各地に広く棲息していた。
然し、乱開発と狩猟の影響で個体数が激減し、
今では限られた地域に300頭あまりが棲息するのみとなった。
疎らに木が生える開けた土地を好んで縄張りにする。
アフリカのライオンと比較して著しい形態差があると言う訳ではないが、
タテガミがアフリカのライオンに比べてやや薄く、尾の房毛がやや長いと言う特徴がある。
腹部の皮膚がやや弛んでいるのも特徴的(これは寧ろ、トラに近い形態である)。
1〜2頭のオスと5〜6頭のメス、及びその子供からなる群れ(これを「プライド」と言う)で生活し、
群れから独立したての若いオス同士で小さな群れを作ったり、老いたオスは単独で行動する事もある。
但し、インドライオンのプライドはアフリカ産ライオンのそれより若干規模が小さい。
棲息地のインドを中心に、彼等の命脈を保つ為に様々な活動が行われている。