*異形の護法神*
「おとろし」の語は恐れかしこむと言う意味の「畏」(おそろし)に由来するとも、蓬髪をおどろに乱した姿に由来するとも言われている(それあらぬか、この妖怪の別称を「おどろおどろ」とも言う)。大きな頭と鋭い眼光、巨大な口と乱杭歯、三本爪の大きな手…と言ったその姿かたちは古くから絵巻物に残されており、鳥山石燕翁の「画図百鬼夜行」にも記されている。
古書にその属性が全く記されていない事から、どのような妖怪なのかは不明な点が多いが、昨今では一般に「おとろし」は神社仏閣などの神域に住まい、穢れた者が近付く事を拒む護法神的な存在とされる事が多い。
いつもは鳥居の上に陣取っていて決して人の目に留まる事は無いが、不信心者が近付くと鳥居からその者の頭上へ一気に降り立って押し潰したり、或いは取り憑いて心理的にダメージを与えて追い払ったりすると言うものだ。
後世創作とこの説を軽んずる声もあるようだが、秋田県や山形県など、山岳信仰の盛んな地域には神域を守る異形の存在が幾つか語り伝えられており、案外そうした存在が「おとろし」の属性として継承されている可能性もある。長野県の北アルプス・剣岳にはその名も「ヤマオトロシ」と言う鬼が棲んでいて、不信心者の登山を決して許さなかったと言う伝承があり、これが後に「おとろし」へと変化したのではないかとも言われている。
恐ろしい外見乍ら、神仏を尊ぶ敬虔な心を持ち合わせた妖怪、と言えそうだ。日本の妖怪の中では数少ない教育的な存在であり、私も個人的にこの妖怪の事が好きである。