ウマヅラコウモリ
Hammer-headed Bat (Hypsignathus monstrosus)

殆どの哺乳類に措いて、
音声と言うのは非常に重要な意味を持つ。
ライヴァルを追い払う警告の音声、仲間に危険を通達する音声…。
中でも異性を呼ぶ為に出す音声は「恋鳴き」と呼ばれる。

此処に紹介する珍獣・ウマヅラコウモリは、
「恋鳴き」の為に特殊な進化を遂げたコウモリである。
生後1年以上のオスのみ、身体に比して大きな頭と
酷く膨れ上がった鼻面を持っているのだ。

繁殖期になると、繁殖可能なオスコウモリは一定の場所に集まって、
この膨れた鼻からブーブーと耳障りな唸り声を発する。
一箇所に100匹以上も集まってブーブー鳴くのだから、
その迫力たるや想像を絶するモノだろうと推測される。
オスの唸り声に引き寄せられたメスは、集まったオスの中から
これ!と定めた相手を選び、つがいになる。
言わばオスの鼻は、「恋鳴き」の為のバグパイプの役割を果たしているようである。

しかも、昨今の研究に拠ると、
メスがオスを選ぶ際の最大の基準が「鳴き声」だと言う。
明確な基準は人間には判別不可能だが、恐らく何らかの明確な条件があるのだろう。

鳴き声でメスにアピールする哺乳類と言うのは結構居るが、
恐らくその為(だけ)に此処までの進化を遂げ、
尚且つその鳴き声が(鳥類のさえずり並みに)重要な意味を持つのは、
数多き哺乳類の中でもウマヅラコウモリだけであろう。
<データ>

*分類*
哺乳綱 翼手目 オオコウモリ科
*分布*
アフリカ(セネガル、ウガンダ、ガンビア、コンゴ、アンゴラ北東部)の森林地帯
*大きさ*
頭胴長19〜30cm、翼開長90cm以下、体重250〜430g。オスの方がかなり大きい。
*食性*
果実食。マンゴーやバナナ、イチジクなど、熱帯性の果実を好んで食べる。
メスは栄養価が高く実生の少ない果物を好み、オスは実生が多く栄養価の低い果物を好むと言う報告がある。
*備考*
アフリカ大陸最大のコウモリ。コウモリ類では珍しい「雌雄異型」の動物で、
オスは奇妙に膨れ上がった長い鼻面を持ち、其処から「ウマヅラ」の名をつけられた。
この特徴は生後1年以上経過したオスのみの特徴で、
メスは普通のオオコウモリ類とさして違わぬ顔つきをしている。
オスのこの鼻面はディスプレイ行動の際、大きな音声を立てる為のある種の「楽器」の役割を果たしていると思われ、
其処から「空を飛ぶオルゴール」等と言うロマンティックな渾名を頂戴している。
繁殖期、レック(集団ディスプレイ場)に多数のオスが集まって、ブーブーと一斉に唸り声を挙げる様は壮観である。
一箇所のレックには100匹前後のオスが集まると言うが、その七割がメスから選ばれず、
交尾の権利は一握りのオスに独占されている、と言う報告もある。
繁殖期以外はマングローブ林や低木の混じった森に、10〜20匹程度の群れで棲息する。