*血を啜り長命を保つ邪悪な妖樹*
昔日の日本では、樹齢幾百年に及ぶ巨木には特別な魂が宿っているとして、これを「木霊」(こだま)と呼んだ(現在、山彦の事を“こだま”とも呼ぶのは、古くは山彦の事を“ヒトの呼びかけに対し「木霊」が声を返しているからだ”とした故事に拠る)。現代人の感覚からは、樹木が動物のように動いたり、声を発する等とは俄かには信じ難いだろうが、古代の人々にとっては樹木が動いたり喋ったりするのはごくごく当たり前の事だったと思われる。
「樹木子」(じゅぼっこ)も、そうした背景から生まれた妖怪だろう。「樹木子」とは一言で言うと血の味を覚えて妖怪になった木の事である。
過去大きな戦のあった古戦場とか、重罪人の処刑された場所とかにあった樹木が、流れ出た血を根で吸収する内に妖力を身につけ、遂には自ら血を求めるようになったと言うモノで、自らの命を維持する為に大量の動物の血を必要とする。
傍に近寄る者がいると人だろうが他の生き物だろうが容赦せず(単純に区別が出来ないだけかも知れないが)、枝を腕のように伸ばして襲い掛かり、絞め殺して血を搾り取ると言う。「中でも人間の血が好物」とする書物があるのは御約束、と言うべきか。
自我があるかどうか定かではないが、あるとすればかなり凶暴な方だろう。
血を好む為なのか(日本では血に滋養があるとして動物、特にヘビやスッポンの生き血を愛飲するヒトがある一方で、西洋特にキリスト教圏では血は命そのものであるとして口に入れる事をタブー視する傾向がある、いずれにしても血に特別な何かを感じた事に拠る物だろう)、「樹木子」と化した木は、何百年経ても瑞々しい若木の姿を留めていると言われている。
古戦場跡等で異様に若い木があって、その枝を折った時に血のような樹液が滲み出たなら、恐らくそれは「樹木子」であると見て間違いない。