キングコブラ
King Cobra (Ophiophagus hannah)
とある動物園の爬虫類展示室での事。
キングコブラの水槽の前に数人の子供達が並んでいる。
良く見ると、口々に「開け〜!」と叫びながら、
水槽の硝子をドンドンと掌で叩いているではないか。
コブラは怯えたかのように水槽の隅で動かない。
何て酷い事を…と思い、咎めようと近付いた刹那、
飼育係の人が出てきて子供達を叱り付けた。
子供達が去った後、アレは一体どうした事ですか、と訊ねると、
こんな答えが返ってきた。
コブラが、外敵を怯ませる為に頸部の皮膚を広げて
独特の形状を為すのは多くの人に知られた所処である。
然し、それが「外敵を怯ませる為」だけに行われる行為だと言う事は
意外な程認知されて無いと言う。
動物園では外敵に襲われる事など殆ど無いから、
コブラは安心しきって、頸部の皮膚を広げず閉じたままで暮らしている。
其処へ、頸部の皮膚を広げたコブラを見たくてやって来た心無い客が、
ああしてコブラを驚かせるような不埒な真似をするのだと言う。
実に困った事です、と飼育係の人は結んだ。
この駄文を御覧の皆様へ。
コブラが頸部の皮膚を広げるのは外敵に対する視覚的防御の為です。
動物園に出向いた際、コブラが頸部を広げないからと言って、
驚かせるような真似だけは決してしないで下さい。
全国の飼育下のコブラに成り代わり私から謹んでお願い申し上げます。
<データ>
*分類*
爬虫綱 有鱗目(ヘビ亜目) コブラ科
*分布*
東南アジアの森林地帯
*大きさ*
全長4〜5.5m、体重7〜13kg
*食性*
肉食性。他種のヘビを好んで襲う。他の爬虫類も少しは捕食するらしい。
因みに学名はこの食性に由来するもの(ラテン語で「巨大なヘビ喰らい」の意)。
*備考*
最大級の毒蛇。
住環境として特に川縁の森を好み、地中に長い巣穴を掘って其処を住処にする。
獰猛な性質で、しばしばヒトを襲うと信じられているが、
住環境が容易にヒトの接近を許さない場所であり、また生来の用心深さも相俟って、
一般に言われるほどヒトに害を及ぼして居る訳ではない。
但し毒は非常に強力で、時にゾウを死に至らしめる事も。
出産の時、メスは身体を捻じ曲げて枯草や落ち葉をかき集め、
産み落とした卵を守る為の「巣」を築き、孵化するまで卵を守護する。
キングコブラに限らずコブラの仲間は、外敵に対する威嚇の為、頸部の肋骨を
左右に広げて頭巾のように皮膚を広げ、うなじの部分にある斑紋を際立たせるように鎌首をもたげる習性がある。
頚部を広げる幅は小型のコブラほど顕著で、キングコブラでは割と幅が狭い。
また、のべつ頸部を広げて居る訳ではないので、動物園での観察時には頭に入れておくべきだろう。