ナキウサギ
Asiatic Pika (Ochotona hyperborea)

明治時代以降の北海道では、
本州以南からの入植者に拠る開拓が幾度も繰り返され、
原生林と原野が広がる大地が広大な田畑や林業用の人工林に取って代わられた。

そんな、開拓時代の北海道での話。

植林したカラマツの苗が何者かに拠って噛み切られ、
枯死する事故が後を絶たなかった。
ネズミやノウサギが大発生して植林に害為す事はよく知られているが、
この時は少々事情が違った。

噛み切られたカラマツの枝葉が何者かに持ち去られた形跡が認められたのだ。

こんな行為はネズミもノウサギもやらない。

例の無い事に林業従事者達は半ば怒り、半ば恐れた。
いつしか人々はこの“害獣”を『ゴンボネズミ』
(ゴンボ、とは東北の方言でならず者、ごろつきを意味する)と呼び、警戒するようになった。

行政の方でもこの事態を放っては置けず、
箱罠を幾つも仕掛け、害獣を捕らえて調査する事になった。

罠にかかった“害獣”の正体は…ナキウサギだった。
ナキウサギは厳しい冬に備えて植物質を貪欲に貯蔵する性質がある。
噛み切られたカラマツも、保存食として彼等の住処に持ち去られたのだ。

ナキウサギが日本で初めて発見された時のエピソードである。
<データ>

*分類*
哺乳綱 兎目 ナキウサギ科
*分布*
ユーラシア北部(モンゴル、シベリア、中国東北部)、日本(北海道)の山岳地帯
*大きさ*
頭胴長11〜19cm、尾は痕跡程度、体重100〜150g
*食性*
植物食。地衣類や高山植物、低木の枝葉を食べ、新鮮なモノよりもやや乾燥したモノを好む。
秋口に自分の巣穴に大量の植物質を貯食して、厳しい冬に備える性質がある。
*備考*
一見すると大きめのハムスターみたいな姿をしているが、ウサギ類の祖形的な形質を保持する特殊な動物。
コミュニケーションやテリトリーコールの目的で、小鳥のような複数種類の鳴き声をあげる事が知られ、
其処から「啼き兎」の名称がつけられた。
山岳地帯でも岩がちな地域につがいか家族群で棲息し、大岩の隙間に巣を作る。
動作は敏捷で性質は用心深く臆病。
冬眠はせず、積雪時にも雪の下にトンネルを掘って活動し、秋口に巣穴に蓄えた植物質を食べて過ごす。
貯食の際は集めた植物質を風通しの良い場所に保存して乾燥させ、
乾燥の度合いによって植物質を動かしたり場所を変えたりする芸の細やかさ。
嘗て北海道ではカラマツの植林の害獣とされたが、
カラマツの植林が廃れてからは、その愛らしい姿で人気を集め、現在ではファンクラブが設立されるまでに至っている。