ラッコ
Sea Otter (Enhydra lutris)

一時期、大食いである事を競う
「フードファイト」なるモノが流行った事があった。
命に関わるほどの大食を半ば見世物然に行っているのを見ると、
満足に食べられない人の事が気遣われ、怒りより先に呆れの気持ちが生じてしまう。
食べると言うロジカルな行為を競技に仕立て上げるなど、
私から言わせれば笑止千万である。

だが、世の中には大食いでなければ命に関わる生き物がいる。
北の海に棲むラッコである。

ラッコの大食いは有名である。
一日に体重の4分の1以上もの海産物を食べると言われる。
でも、それには理由がある。
ズバリ、北の冷たい海で体温を保ち、生き長らえる為のエネルギーを摂取する為である。

ラッコはクジラやアザラシ類に遅れて、陸棲のイタチ類から枝分かれして海に進出した。
彼等ラッコが海に進出した時、海の生態的地位は殆ど先駆者達によって埋められていた。
だからラッコは、アザラシ類のように体に脂肪を貯める為に大きくなる事も、
クジラのように完全に陸の暮らしを捨てる為の進化を成し遂げる事も出来なかった。
海棲哺乳類の割にはしっかりした四肢や立派な尾が顕在する等の、
幾つかの陸棲哺乳類の名残があるのはその為である。
冷たい海で体温を維持するには、分厚い皮下脂肪で体を覆うか、
上質な毛皮をまとって皮膚への水の浸透を防ぐかせねばならない。
ラッコは後者の適応には直ぐに対応したものの、
前者の選択は先駆者達から受ける圧迫によって諦めざるを得なかった。
代わりに、彼等は体温を維持する為に大食いになる必要が有ったのである。

人間達が道楽半分で大食いを競っている、とラッコが聞いたら、
「愚かな事だ」と大いに呆れる事だろう。
<データ>

*分類*
哺乳綱 食肉目 イタチ科
*分布*
太平洋北部の海岸
*大きさ*
頭胴長1〜1.2m、尾長27〜36p、体重20〜40kg
*食性*
肉食(甲殻類や貝類が中心)。中でもウチムラサキガイ等の二枚貝やウニ、カニ等を好む。
摂食の際海底から石を拾って獲物を打ち付け、硬い外殻を砕いて食べる様は有名。
*備考*
最大のイタチ類で、イタチの仲間ではほぼ唯一、海に棲息する。
沿岸のジャイアントケルプ(オニワカメ)の密集した地域に小規模の群れで暮らす。
体型は他のイタチ類に比べると胴が長く尾は短めで、後脚が鰭状になっており、水中生活に適応している。
通常は人間で言う“背泳ぎ”の体勢で海上に浮かんで暮らし、
餌の甲殻類を探す時には水中に20mも潜る。
毛皮が優良な為嘗て過剰な狩猟圧に晒され、幾つかの地域では絶滅。
現在では商取引目的の捕獲が全面的に禁止され、少しづつ個体数も増えてはいるが、
沿岸で座礁するタンカーから流出する重油による汚染が新たな脅威となっている。
愛らしい姿から水族館などで人気。