トキ
Japanese Crested Ibis (Nipponia nippon)

新潟県に伝わる話として、いつだったかこんな話を聞いた。

稀代の名匠・左甚五郎が、ある時とある寺の普請に呼ばれ、
道中ひとつの村に立ち寄って一夜の宿を求めたが、
みすぼらしい甚五郎の姿を見た村人達は彼を馬鹿にし、
一夜の宿どころか一杯の水すら恵んでやらなかった。
腹を立てた甚五郎は、村はずれにあった古いお堂に篭り、
何処からか鉄屑を持ち出してきて、それで奇妙な鳥の形のものをこしらえた。
すると不思議や、その鳥の作り物が命を得て本物の鳥となり、
幾百もの群れに膨れ上がって山の彼方へ消えていった。
甚五郎はその鳥に向かって呪詛の言葉を投げかけて去って行った。
「春と無く夏と無く、秋と無く冬と無く、この村に災いを齎してやるが良い…!」

以来この村では、春夏秋冬を問わず畑や田圃に怪しい鳥が群がるようになり、
作物を踏み荒らしたり糞をかけて稲を枯らしたりした為、作物の取れ高は減り、
遂には村が寂れて廃村になってしまったと言う。
そしてこの時の鳥はその後、どんどん増えて日本全国に散らばっていった。

この鳥こそ今のトキである。

トキが夏に鉄のように黒い色をしているのは、甚五郎が鉄屑でこの鳥を作ったからであり、
冬になると羽毛が赤っぽい色になるのは、
身体を形作る鉄が錆びて染まったモノだと言う…。

トキに左甚五郎ゆかりの昔話があったとは知らなかった。
然し後世、この鳥が日本ではすっかり絶えてしまい、
隣国の中国でその命脈を細々と保つ事になろうとは、
流石の左甚五郎も思わなかったに違いない。
<データ>

*分類*
鳥綱 鸛鷺目 トキ科
*分布*
中国西部の森林地帯。嘗て日本にも棲息していたが、現在は絶滅。
*大きさ*
全長70〜75cm、翼開長1.3〜1.5m、体重1.6〜2s
*食性*
肉食。主に昆虫やカエル等の水棲動物、ドジョウ等の小型の魚類を捕食。
*備考*
嘗て日本全土を含んだ東アジアの各地に多数棲息していたが、
乱開発、環境汚染、更に過度の狩猟により個体数が激減。
日本では1981年に野生下で生き残った個体を全て捕獲・人工繁殖に着手したが時既に遅く、
1990年代初頭に事実上の絶滅宣言が為された。
幸い、中国で極秘裏に行われていた人工繁殖が功を奏し、
現在野生・飼育個体を合わせて200羽強の個体が種の命脈を保っている。
詳しい野外調査が行われる以前に激減してしまった為、本来の野生での生活は不明な点が多いが、
小規模の群れでコロニー(繁殖群)を形成し、雌雄共同で抱卵・育雛を行うと考えられている。
所謂「朱鷺色」と呼称される美しい羽毛は冬の時期に特有のもので、
春から夏にかけては皮脂腺から分泌される特殊な色素で羽毛が灰色に染まり、
まるで別の種類の鳥のようにさえ見える。
国際保護鳥類及び特別天然記念物に指定されている。