*深海の鬼女*
年を経たサザエが化身した妖怪。
鳥山石燕翁の「百器徒然袋」にはこの妖怪について、『雀海中に入りて蛤となり、田鼠(でんそ、モグラの異称)化して鶉となる験しもあれば、造化の為す所栄螺(サザエ)も鬼になるまじき物に非ず』と記されている。この言葉から石燕翁創作の妖怪か、と見る向きもあるようだが、この妖怪の伝承は石燕翁が著述するより以前に西日本、特に紀州(和歌山県周辺)で古くから語り継がれていた。
紀州の伝承によると、「栄螺鬼」(さざえおに)は放蕩癖の女性が海に投げ込まれて殺され、その霊が化身した者と言われている。また、普通のサザエでも30年以上生きると自然に霊力が付き、「栄螺鬼」へと変貌するとも言われる。殊によるとその両方…殺された女の霊魂が古サザエに憑依して…と言う事も考えられよう。普段は普通のサザエの姿でじっとしているが、月夜の晩になると手足が生えて、洋上で浮かれて踊ったりすると言う。眠っている「栄螺鬼」をそれとは知らずに捕まえようとして、腕を食い千切られた海女の話もある。
「栄螺鬼」は時に絶世の美女に化けて、洋上で夜を明かす船に乗り込んでくる事がある。美女、と言うのがミソで、美しさに心奪われた男は必ず、「栄螺鬼」に命を奪われると言う。
現在でも、西日本のあちこちで、「大きなサザエは『栄螺鬼』が化けたものかも知れない」として、大きなサザエばかり捕獲したり、食べたりする事を忌むところがある。