セミクジラ
Northern Right Whale (Eubalaena glacialis)

私の一族の菩提寺は、北海道・函館市の、
海を臨む坂の上に建っている。

この寺の傍に、木立に囲まれるように、
高さ3m弱の石塔にセミクジラを模った碑が鎮座した建造物がひっそりと存在していて、
寺の荘厳な雰囲気と相俟って、何とも言えず厳かな雰囲気を醸し出している。

一家総出の寺参りの後は、必ず其処へ出向いて、
時間を忘れてクジラのモニュメントに見入っていたものだった。

成人して故郷を離れてから知った事だが、
このクジラの碑は正式には「鯨族供養塔」(げいぞくくようとう)と言い、
明治から昭和にかけて盛んだった捕鯨の犠牲になった、
数多くのクジラの霊を慰める為に建立されたものだと言う。

捕鯨が盛んだった当時の人達は、
日毎夜毎捕らえられるクジラを供養する為に、
いつの頃からかこの建造物を作ったのだと言う。
喰われるものに対する感謝と、図らずも命を奪った事への謝罪の気持ち。
この供養塔はその気持ちの結晶なのだと信じる。

故郷・函館が港町として拓けた理由は、
資料によって様々に仮説されているが、そのひとつに
「アメリカが捕鯨の基地として用いた」と言うモノがある。
そうした土地にクジラの霊を祭る碑が立つのは、
奇しき偶然の導きに拠るものなのだろうか。
<データ>

*分類*
哺乳綱 鯨目 セミクジラ科
*分布*
北半球の海洋
*大きさ*
全長13〜17m、体重40〜80t。メスの方がやや大きい。
*食性*
濾過食性。コッペポーダと呼ばれるある種のプランクトンを主食とする。
摂食の際はプランクトンを多量の海水ごと口に吸い込み、口内の「クジラひげ」で獲物のみを濾しとって嚥下する。
*備考*
プランクトンを食べる事に特化した「ヒゲクジラ」類の一種。
ボウ・ヘッド(弓なりの頭)と呼ばれる湾曲した巨大な顎と漆黒のずんぐりした体、発達した鰭が特徴的。
頭部に「カラシティ」と言う、外部寄生虫に由来する角質組織を有するのも特徴の一つ。
非常にゆっくりとしたスピードで移動し、一回の呼吸で大体20分程度の潜水が可能らしい。
他のクジラよりも沿岸部で摂食行動を取る事が多く、その為嘗ては格好の捕鯨対象にされた。
英語名及び学名(共に「よいクジラ」を意味する)は良質の鯨油が大量に取れた事と、
銛を打ち込んでも沈まず回収が容易だった事に拠る。
日本語名は背鰭の無いつるっとした背中を「背美」と呼称した事に由来(昆虫のセミとは関係が無い)。
大型のクジラでは最も絶滅に瀕している種のひとつで、現在、国際的に保護されている。