*霊威ある深山の猛者*
北海道のアイヌ民族に伝わる「イヨマンテ(熊送り)」の例を挙げるまでも無く、嘗て日本各地では熊を霊獣として恐れ敬った。老いた熊を殺すと「熊荒れ」と言って天候が悪くなる、等と言った言い伝えが各地に伝えられている所処からもその信仰の深さが垣間見える。
嘗て、木曾山中(長野県)の辺りでは、歳を取った熊の事を「鬼熊(おにぐま)」と呼び、恐るべき猛獣として畏怖していた。
姿形は普通の熊と変わらない姿で(但し体はずっと大きい)あるが、滅法力が強く、猿などの小さな獣ならば掌で軽く触れただけで潰れて死んでしまう。馬や牛などの大型の家畜の肉を好み、しばしば人家を急襲して家畜の略奪を試みる。「鬼熊」に関して記された古書によると、彼等は略奪した馬や牛の前脚を掴み、人のように立って歩いて山中へ獲物を持ち運ぶようである。
彼等の怪力たるや真に恐ろしいくらいで、10人がかりでも持ち上がらないような大石を軽々と谷に転がし、大木などもいとも容易く引き抜いてしまう。
ある時、あまりに悪さばかりするのでとある村の住民が総出で山狩りを行い、穴に篭っている「鬼熊」を退治して毛皮を剥いで村に持ち帰った所、広げた大きさが6畳敷きを覆うほどだったと言う。
猫が長じて「猫又」になり、蛇が長じて「オロチ」になると信じていた、昔の日本のアニミズムが感じられる話である。