アジアゾウ
Asian Elephant (Elephas maximus)
上野動物園でゾウを見ていた時の事。
どこかの大学教授と思しき初老の紳士が、女子大生と思われる一団を率いてゾウの飼育ゾーンに現れた。
初老の紳士は、ゾウの放飼場の前につくや否や、耳障りなほどの大声で女学生達にゾウの解説を始めた。
私を含む周囲の人間はその光景を
苦笑を交えつつ呆れたように見ているだけだった。
やがて、ゾウの放飼場の一角を覗き見た女学生の一人がひとこと。
「先生、向こうに1頭だけ隔離されたゾウがいますが、あれは何ですか?」
先生は得意そうにこう答えていた。
「あれはきっと、別の種類のゾウだ。ほら、牙が生えているだろう。
額が角張っているだろう。
混血になってはいけないからああして隔離しているんだよ、きっと」
私は心の中で噴出しそうになった。
何故なら、先生の言う「別種のゾウ」とは、実は表にいるゾウと全く同じ種類。
単純にオスかメスかの相違があるのみなのである。
上野動物園では、ゾウの飼育下での繁殖を目指し、普段はオスとメスを別々に飼育している。
野生では、繁殖期以外にオスとメスが共に群れる事がないから、だそうだ。
若し普段からいっしょに飼育していると、オスメス同士がまるで兄弟であるかのように仲良くなってしまい、
繁殖に結びつかなくなるケースが多いのだと言う。
先生とその取り巻きの女学生は、やがて大声で談笑しつつゾウの前を去っていった。
それを見送るオスゾウの目つきは、まるで彼を嘲笑しているかのように私には見えた。
<データ>
*分類*
哺乳綱 長鼻目 ゾウ科
*分布*
インドからマレーシア、インドネシア、中国南部にかけての森林地帯
*大きさ*
頭胴長5.5〜6.5m、肩高2.4〜3m、尾長1.5〜2.1m、体重4〜5t
*食性*
純然たる植物食。主食は地表のイネ科の草本。
他に木の葉、樹皮、枝、果実、ヤシや竹の類まで食べる。繊維質の荒い物を好む傾向あり。
*備考*
現存する長鼻類(ゾウの仲間)2種の内のひとつ(もうひとつはアフリカゾウ)。
沼や大河を配した森林や草原に、オスは単独で、メスは母系の血縁で繋がった小規模の群れをなして暮らす。
オスの牙(門歯…所謂『象牙』)は時に3mを越す長さまで伸びるが、メスでは殆ど目立たない。
視覚が鋭くない替わりに嗅覚と聴覚が優れており、人間には判らない微かな異臭や微音をも判別する。
また、鼻の組織を振動させて低周波を出す事も出来、仲間とのコミュニケーションに用いる。
霊長類に次いで知能の高い動物で、人間にも良く慣れ、現地では家畜として使役されている。
その一方で、野生の個体群は象牙目当ての密猟や過度の開発が原因で数を減らしている。
老齢に近付くと体の色素が剥落して白っぽくなるのも特徴的で、
特に白化が著しい個体を原産国では「白象」と称して神聖視する傾向がある。
棲んでいる地域に応じて「インドゾウ」「セイロンゾウ」「ボルネオゾウ」等、幾つかの亜種に細分される。