セイウチ
Walrus (Odobenus rosmarus)

我が実家に、直径5cm強、高さ10cm程の奇妙な物体があった。

表面は褐色を帯びてゴツゴツとし、中は限りなく白に近い象牙色。
手にしてみるとズシリと重く、
木とも石ともつかぬ奇妙なひんやりとした感触がある。

ある日、父に「これ、何?」と訊ねたら、父は事も無げにこう言った。

「それはセイウチの牙だよ」

父がいつ、どのような経路で、セイウチの牙を入手したかは定かではない。
確かなのは、後ろ暗い事情とは全く無縁である事、それだけである。

父には、嘗て船乗りだった友人がいた。
或いはその人物から入手した物品なのかも知れぬ。
そう言えば嘗ての我が実家には、白く磨かれた珊瑚だの宝貝の飾り物だの、
舶来のモノと思しきシロモノが、結構な数在ったのだ。

…海外から物品を持ち込むに当って、今よりずっと大らかだった頃の話である。
<データ>

*分類*
哺乳綱 食肉目 セイウチ科
*分布*
北極圏の海
*大きさ*
全長2.5〜3.8m、尾は痕跡程度、体重1〜3.8t
*食性*
肉食性。主に海底に棲息する二枚貝を食べる。魚や甲殻類、他の種類の鰭足類の子供を襲う事も。
貝を捕食する時は口に含んだ水を勢い良く海底に吹き付け、水流で吹き飛ばされた貝を丸ごと咀嚼して嚥み下す。
*備考*
大きな牙とゴツゴツした皮膚が特徴的な海棲哺乳類。
進化的にはアシカとアザラシの中間的存在と考えられ、
前方に折り曲げられる後脚と繁殖行動はアシカ類に、
耳たぶが無い事と泳ぎ方はアザラシ類に似ている。
巨大な牙は最大で80cmにも及び、陸上で体を支えたり、海底をゆっくりと泳ぐ時に突っかえ棒の役目をしたり、
更には天敵のホッキョクグマやシャチを撃退するのにも使われる。
非繁殖期は海中で、繁殖期は沿岸の氷上や砂浜で大きな群れで生活する。
オスは牙を用いた儀式的な争いの末に優越を決定し、強いオスがメスとの交尾の権利を得る。
牙と皮下脂肪を目当てにした狩猟と海洋汚染で個体数はやや減少気味。
尚、セイウチの名はロシア語に由来する。