ヒゲワシ
Lammergeier (Gypaetus barbatus)

ある宴席で、カニ鍋を囲む機会があった。

煮えたてのカニの足を取り、真ん中辺りでポキリとへし折って、
専用のスプーンで中身をせせって食べる。
宴席の参加者が皆一様に黙りこくり、カニを食べ続ける様は一種異様な雰囲気であった。

ふと、脈絡も無くある鳥の事を思い出した。

その鳥の名はヒゲワシと言う。
彼等は、通常の猛禽類のように狩りをする事もあるが、
その一方で他の鳥には真似出来ない食性を持っている。

彼等は動物の屍骸の中でも、特に骨の髄を好んで食べる。
勿論、普通の鳥の嘴では、堅い骨を破壊して中身を食べる事は難しい。
然し、よくしたもので、ヒゲワシは堅い骨の「調理法」をちゃんと心得ている。

彼等は手頃な骨を得るとそれを足に掴んで空高く舞い上がり、
大きな岩の上にそれを叩き付けて破壊し、粉々になった骨を食べるのだ。
小さなカケラならそのまま飲み込み、
大きなカケラには先がノミのように変形した舌を突っ込んで髄を掻き出して嚥下する。
その消化力たるや恐るべきもので、
飲み込んだ骨のカケラはあっと言う間に胃液で溶かされて消化吸収されると言う。

奇妙な既視感を覚え呆然としていると、宴席の参加者のひとりが声をかけた。

「カニ、無くなっちゃうよ」

我に返った私はそれこそ獲物にありついたヒゲワシの如く、
目の前にあった大きなカニの足を食べ始めた。
<データ>

*分類*
鳥綱 鷲鷹目 ワシタカ科
*分布*
ヨーロッパ南部からアフリカ、中東にかけての山岳地帯
*大きさ*
全長1〜1.2m、翼開長2.5〜2.8m、体重4.5〜8s(メスの方がやや大きめ)
*食性*
肉食。主に死肉、特に骨の髄を好んで食べる。大きな骨は空中から岩にぶつけて破壊して食べる。
時には小型の動物を襲う事もあり、骨を壊す要領でカメを殺して食べる事もある。
*備考*
山岳地帯にまばらに棲息する大型の猛禽類。
ハゲワシに近い仲間だが頭部は禿げておらず、名前の由来となった立派な口髭が特徴的。
長く幅の狭い翼と楔形の大きな尾羽を持ち、飛ぶ時の姿は非常に力強く優美。
通常、単独かつがいで暮らし、断崖絶壁に枯れ枝で大きな巣を作りそこで子育てする。
人間との接触は極めて稀だが、家畜や家禽を襲うと言う誤解の元に多くの個体が殺され、
現在では非常に稀少な鳥類となってしまった。
海外のバードウォッチャーに人気の鳥のひとつで、彼等を観察する為の専用のツアーが組まれる程である。
一説には「アラビアン・ナイト」に登場する巨大な怪鳥“ルフ”のモデルとも言われる。