*荒れた泥田に宿る怨霊*
「泥田坊」(どろたぼう)は妖怪絵師・鳥山石燕翁の妖怪画にて有名になった、今の越後(新潟県)に出没したと言われる妖怪である。
その姿は泥で出来た体と一つ目、三本指の手を持つ色黒で痩せこけた老人と言った感じで、常に泥田の中に潜んでおり、近づくものがあると泥の中からいきなり飛び出て「田を返せ!」と叫んで脅かすと言う。
この「泥田坊」については、非常に悲しい謂れがある。
昔、働き者の老農夫がいた。彼は爪に火を灯すような思いをして一心に働き、やがて自分の田を得る事が出来た。田を得た農夫は前にも増して仕事に精を出したが、ある時過労が元で死んでしまった。
農夫には息子がひとりいたが、この息子と言うのが父に似ぬ怠け者の大酒呑みで、小言を言う父が死んでしまったのを良い事に働きもせずに朝から酒を飲んだくれ、遂に父が残した田を売り払ってしまった。
田を手に入れた人物は「良い田を手に入れた」と大喜びして田を耕したが、その田から夜毎「田を返せ、田を返せ」と恨めしげな声が聞こえるようになった。死んだ農夫の霊が売り飛ばされた田に宿り、田を売られた事を嘆き、恨んで妖怪と化したのだ。泥田に現れる事から、人はこの妖怪を「泥田坊」と呼ぶようになった。
また、悪辣な者に自分の持ち田を騙し取られた農夫が、恨みのあまり自ら小指と薬指を噛み切り、生き乍ら妖怪へと変貌した、とする説話もある。
更に、「泥田坊」の由来には別な解釈もある。実は「泥田坊」の“泥”とは、嘗て湿地帯だった場所を埋め立てて築かれた歓楽街「新吉原」の事で、「田を返せ」の台詞は性行為の隠喩、一つ目の顔は男性器を意味し、『新吉原で夜毎行われる淫らな夜遊びを皮肉った創作妖怪ではないか』と言う解釈である。
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