*古都を徘徊する牛車の怪*
大昔、平安時代の貴人達は、牛に牽引させた豪華絢爛な「牛車」(ぎっしゃ)を主な移動手段に用いていた。
人々が寝静まった真夜中に、誰も居ない筈の大通りに牛車の軋む音がする事がある。不審に思って外に出た者は、決まって牛車の姿をした異形の者に出くわしたと言う。朧月夜に特に多く出没する事と、その姿が朧気に見える事から、人々はその異形の者を「朧車」(おぼろぐるま)と呼んで恐れた。
今は廃れてしまったが、嘗て「車争い」と言う語があった。京都や奈良等の古都と言えば「祇園祭」「葵祭」に代表される数々の大祭がある事で知られるが、その大掛かりな祭りを見物する為に牛車の止め場を争う事を指す(花見の場所取りのようなモノと思えば判り易かろうか)。
車争いに拠る貴人同士の衝突はそれは激しいもので、時には死人さえ出たとも言う。其処まで行かなくとも、敗れて祭り見物を諦めざるを得なかった貴人達の恨みは想像を絶する様相であったそうだ。
「朧車」は、そんな車争いの遺恨が凝り固まって生まれた妖怪だと言われている。いつの世も、行き過ぎた遺恨は恐るべきモノなのである。