*最強の妖獣、山の如き巨体を持つ多頭龍*
間違いなく日本最大級の妖獣。八つの頭と八つの尾を持つ、山のように巨大な大蛇(若しくは龍)である。
その巨大な体は八つの谷と八つの峰を覆い隠すほどで、背にはコケが厚く覆い、その上から杉やら檜やらの古木が根を下ろしている。腹はいつも這いずり回る為に擦り切れて血に染まり、目はアカカガチ(ホオズキの事)の如く闇に赤く光り、行く先々には彼等の体から立ち込める霧のような毒気が辺りを覆ったと言う。その残虐な八つの顎からは炎のような強烈な毒煙を吐き散らし、妖力も桁外れで、とても人の手で退治出来るような存在ではなかった。
「八俣大蛇(やまたのおろち)」は神代の昔、今の島根県の斐伊川(ひいがわ)の上流に姿を表し、其処の産土神であるアシナヅチ・テナヅチ夫婦の八人の娘を人身御供に要求し、毎年ひとりづつ連れ去っては食い殺していた。そして残るひとり、クシナダ姫が食べられようとした時に偶々其処に通りかかったのが、高天原(たかまがはら。日本神道に措ける神々の国)を追放されて流浪の旅を続けていたスサノオノ命であった。
スサノオはクシナダ姫を救う為、アシナヅチに命じて八塩折之酒(やしおりのさけ。幾度も醸造してアルコール度を高めた強烈な酒の事)を八つの瓶に用意させ、「大蛇」の通り道に八つの関を設けてそれを据えさせた。「大蛇」は酒の匂いに惹かれ、スサノオの計略とも知らずにすっかり飲み干してしまった。スサノオは「大蛇」が酔いつぶれて身動きが出来なくなったのを確かめるや否や、自慢の剣で八つの首を切り落とし、続けてその巨大な体を八つ裂きにしてしまった。
こうして「大蛇」は退治されたのだが、この時、「大蛇」の骸から一振りの鋭利な剣が姿を表した。スサノオはこの剣を姉である太陽神・アマテラス大神に献上したが、この剣こそ天皇家に伝わる三種の神器のひとつ、天叢雲剣(あめのむらくも。又の名を「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」)である。またスサノオは「大蛇」退治後、自ら命を救ったクシナダ姫と結婚し、後に根の国(ねのくに。日本神道に登場する地底王国)の君主になった。
この妖獣の伝説に関しては、「鉄器製造に長じた先住民族と大和朝廷の対立」「荒ぶる大河の流れと、それを開拓し治水に努めた偉人のイメージ」「大自然の偉大な霊力」等の、様々な要素が盛り込まれていると考えられる。