*高僧・頼豪阿闍梨の亡霊*
「鉄鼠(てっそ)」は、名の高い高僧が非業の死を遂げた時、その亡霊が転生すると言われる巨大な鼠の妖怪である。石のように硬い毛皮と鉄のように鋭い牙を持ち、又の名を「頼豪鼠(らいごうねずみ)」とも呼ぶ。
「鉄鼠」の説話としてつとに有名な話に以下の伝説がある。
平安時代末期、滋賀県の三井寺の高僧・頼豪阿闍梨(らいごうあじゃり)は時の帝に懇願され、世継ぎの皇子生誕の祈祷を行ってその霊験があらたかであったが、その時帝が「何なりと望め」と言ったにも関わらず、悲願であった『三井寺への戒壇(かいだん)の建立』を果たせなかった。因みに戒壇とは、仏門に入る者に戒律を授ける特別な施設の事で、当時は数箇所にしか設けられてなかった。頼豪は一身の出世より仏教の隆盛を選んだのである。
実は、この時帝が前言を翻したのは、三井寺を激しく憎んでいた比叡山延暦寺の一派による裏工作の為であった。延暦寺は当時から非常に勢いがあり、政治にも影響を及ぼす程であった。
比叡山側の卑劣なやり口と、帝が前言を翻した事に憤慨した頼豪は、魔道に堕ちてこの恨みを晴らさんと、断食の行を行い自ら命を絶った。「皇子は私が祈願して世に生まれ出でた子供だから、我が魔道への旅路の道連れにしてやる」の一言と共に…。
その後恐ろしい事に、頼豪が祈願して生誕した皇子は間も無く病を得、呆気なく身罷ってしまった。
頼豪の亡霊はそれだけでも飽き足らず、恐ろしい鼠の妖怪「鉄鼠」に転生し、無数の眷属を従えてしばしば比叡山を急襲した…と伝えられている。