ヘラジカ
Moose (Alces alces)
ヘラジカ、漢字では「箆鹿」と書く。
人間の掌に似た巨大な角をヘラに見立てた命名である。
日本にはニホンジカ一種類しかいないので
(エゾジカ、ホンシュウジカ、ヤクシマジカなどと呼ばれている物は
全て地方的変異の域を越えない命名であり、本来は全て単一の種類である)
あまりピンと来ない人も多いかと思うが、シカには実に多くの種類がいる。
その中でヘラジカは最大級の種類だ。オオジカと呼ばれる事もある。
大きな個体では実にウシほどもあるのだから驚きである。
そして、その巨体がヤナギの小枝とか松柏類の樹皮とか、
至って粗末な食資源で維持されていると言う事にも驚きである。
彼は湿地帯に適応した幅の広い蹄を持っている。
巨体を支えるのみならず、足がぬかるみ易い湿地では体が沈まない為のブーツ、
雪原の上では積もった雪に脚を取られない為のカンジキの役割を果たす。
この能力に着目して、昔の人々が彼等を家畜にしようと試みた事があった。
砂漠のラクダよろしく、湿地や雪原の移動に利用しようと考えたのである。
だが、この試みは失敗に終わった。
1700年代に時のロシア皇帝カサリンが、ヘラジカの民間に置ける飼育を厳しく禁じたからだ。
犯罪者や国外への亡命者が、雪原をヘラジカに乗って逃亡する事を激しく恐れたのである。
若しこの試みが成功していたなら…。
今頃は世界各地の牧場で、様々に使役されるヘラジカの姿が見られたかも知れない。
<データ>
*分類*
哺乳綱 偶蹄目 シカ科
*分布*
北アメリカからシベリアを含む東部アジア、ヨーロッパの森林地帯
*大きさ*
頭胴長2.4〜3.1m、体高1.6〜2.3m、尾長5〜12p、体重400〜800s
*食性*
植物食。季節に応じ様々な植物を餌として利用し、
夏は湿地帯に多く繁茂する広葉樹の枝葉、スイレンやヒルムシロ等の水草、冬には針葉樹の枝葉、樹皮などを食べる。
*備考*
シカ類最大種。オオジカ、エルク(Elk…但しヨーロッパでのみ通用)とも呼称する。
膨らんだ鼻面と大きく幅の広い蹄、掌のように平たく広がる大きなツノが特徴的。
大きな個体ではツノの差し渡しが2mに達する事もある。
雄は喉の部分に「ベル」(ウシの首にかける鈴に因む命名)と呼ばれる厚い肉垂を有する。
巨体の割に動きは素早く、水中にも入り、泳ぎも結構達者。
気温の高い折には涼をとる為に盛んに泥浴びする姿が見られる。
夏は単独若しくは家族規模の小群で暮らすが、冬には大規模な群れを形成する。
一見無様にすら見える巨体は、実は他の植物食動物が利用し得ない
高い枝や水中の植物を効率よく摂食する為の適応であり、
近年の人間による過剰な生産活動にもめげず、個体数を維持できる最大の武器でもある。