アマゾンカワイルカ
Amazon River Dolphin (Inia geoffrensis)

海と見紛う程広大な大河、アマゾン。
この巨大な淡水域に、カワイルカと言う変り種のイルカが棲息している。

近世、肉や皮下脂肪を目当てに大小の如何に関わらず狩り立てられたクジラの仲間にあって、
カワイルカはまだ相当数の個体が野生下で暮らしている。
多くの水棲動物が、食用に狩り立てられて減少したかの水域において、
何故、彼等は狩りの対象にされなかったのか。

…それは彼等にまつわる、あるジンクスが原因だった。

アマゾン川流域では、彼等は非常に魔力の強い、
好色で膂力の強い化け物、とされているのである。

オスのカワイルカは月夜、白い衣に身を包んだ美男子に化けて、
川縁をそぞろ歩く若い娘を誘惑し、妊娠させてしまう言われているし、
一方メスのカワイルカは美女に化けて男子を誘惑し、
その性的魅力で男を腑抜けにしてしまうと言うのである。
日本で言えば「河童」や「川姫」と言った妖怪がする悪さを、カワイルカはするらしい。

彼等の化ける能力は日本のキツネやタヌキにも勝るものであるが、
ひとつだけ正体を見破る手段がある。
イルカの哀しい性、頭頂部にある鼻の穴(噴気孔)を隠す事が出来ないのである。
その為、イルカが化けた人間はその正体がばれないように、
必ず帽子を着用しているとも言う。

真偽の程は兎も角、こうした伝承が元で、彼等カワイルカは
狩り立てられる事も無く現在まで生き長らえて来た。
伝承や神話に守られて種の長命を保った動物は、探せば結構いるものだが、
カワイルカの伝承はその中でも最たるもののひとつかも知れない。

因みに、彼等の齎す災厄から逃れる為には、
川に出る時、船の尻にニンニクの絞り汁を塗布すると良いそうである。
<データ>

*分類*
哺乳綱 鯨目 カワイルカ科
*分布*
アマゾン川及びオリノコ川流域
*大きさ*
全長2〜2.6m、体重100〜160kg
*食性*
肉食性。動きの遅い淡水魚、淡水エビ、カニ、時には小型のカメさえも食べる。
硬いものを食べる為に、口腔の奥の歯が臼歯状に発達しているのが特徴(恐らくクジラの仲間では唯一の異歯性)。
*備考*
現地語に由来する「Boutu」と言う名でも知られている。
淡水域を住処にする変り種のイルカの仲間で、現存するクジラ類では最も原始的な種類。
感覚毛が生えた嘴状の長い吻、極度に小さな眼、柔軟な頚部、大きく発達した胸鰭が特徴。
体色は、若い個体では黒っぽい灰色を呈し、歳を取ると共に淡く、ピンクがかった色になる。
つがい、若しくは6頭までの小さな群れで生活し、普段は身体を横に寝せるようにして泳ぎ乍ら、泥の中の獲物を長い吻で探り当てる。
視力は海洋性のイルカに比べるとあまり良い訳ではないが、イルカ独特のエコーロケーション(超音波)で障害物を巧みに避ける。
アマゾン川流域では、この動物は霊力のある恐るべき魔物として畏怖されており、長らく狩猟の対象にはならなかったが、
昨今のアマゾンの開発の影響で、個体数は年々減少傾向にある。動物園や水族館での飼育例も極めて少ない。
尚、カワイルカの仲間にはこの種を含め全部で5種ほどが現存しており、身体的特徴からそれぞれを更に独自の科に分類する説もあるが、
当サイトではIUCN(国際自然保護連合)の分類法に従った。