シフゾウ
Pere David's Deer (Elaphurus davidianus)

袖の下…所謂「賄賂」と聞くと、
大抵の人はあまり良いイメージは持たないだろう。
だが、此処に紹介するシカ科の珍獣・シフゾウは、
ある人物が「賄賂」を使ったのが切欠で絶滅を免れた、
非常に稀有な例である。

時は19世紀中頃。場所は清王朝支配下の中国・北京。
皇族専用の狩猟用庭園「南苑」での出来事である。
当時カソリックの宣教師として中国入りしていた
フランスの生物学者ピエール・アルマン・ダヴィッド神父は、
風の噂に「南苑」に見た事も無い珍しい動物がいると聞く。

だが「南苑」は当時外国人は愚か一般人が立ち入る事も許されない「聖域」で、
法を犯して近づく者は情容赦なく罰せられた。
ダヴィッド神父は思案の挙句、「南苑」の門番に幾許かの賄賂を送りつけ、
中をこっそり覗き込む事に成功する。
皇族以外の人間、それも外国人が、初めてシフゾウと接触した瞬間であった。

賄賂が通じるも道理、門番達は時折この珍獣を捕らえて殺し、
肉を食べ、毛皮を売り、角を細工物に加工していたらしい。
ダヴィッド神父は更なる交渉の末、肉はいらないから、と言う条件つき(?)で、
毛皮と頭骨を手に入れ、本国フランスに送る事に成功する。
これらの出来事が切欠となり、秘密裏の内に生きたシフゾウが海外に幾度か輸出され、
結果的に彼等がシフゾウとしての種の命脈を保つ事となった。

「賄賂」も、使いようによっては時に素晴らしい結果を生み出すモノである。
だからと言って「賄賂」と言う行為そのものが全面的に肯定されるべきではないだろうが…。
少なくとも私を含む多くの動物好きは、
この時のダヴィッド神父の判断に感謝せねばなるまい。


<データ>

*分類*
哺乳綱 偶蹄目 シカ科
*分布*
野生下では一度絶滅しており、現在は全て飼育下でのみ生存している。
*大きさ*
頭胴長1.5〜2m、尾長50cm前後、体高1.15〜1.2m、体重135〜200s
*食性*
植物食。水生植物を好んで食べる。
*備考*
野生下絶滅種の非常に珍しいシカ。嘗ては中国北部、中央部の沼沢地帯に広く棲息していたらしい。
原因は不明だが、中国でもかなり昔に野生では絶滅してしまったらしく、
海外に知られるようになった頃には、既に上記にあるように
皇族専用の御猟場「南苑」で細々と少数が飼育されているのみだった。
その後、中国本土では相次ぐ戦乱が原因で絶滅。
イギリスなどに秘密裏に持ち込まれた個体の子孫が最終的に英国貴族・べドフォード公爵の管理化で少しづつ数を増やし、
これらの子孫が各地の動物園で順調に増殖して種の命脈を保っている。
名前は中国の伝説上の動物「四不像(スープ−シャン)」に由来し、
「蹄似牛非牛、頭似馬非馬、身似驢非驢、角似鹿非鹿」
(蹄はウシに、頭はウマに、体はロバに、ツノはシカに似て、そのどれでもない生き物)の意味。
野生下での暮らしには謎の部分も多いが、水辺を好み、泳ぎが巧みな事、また群れで移動する際の音の目印として、
歩く時に脚の関節の軟骨がポキポキ音を立てる事は判明している。
通常のシカ類は年に1回ツノが生え変わるが、シフゾウでは年に2回ツノが生え変わるのも特徴的。