インカアジサシ
Inca Turn (Larosterna inca)
伊豆シャボテン公園での出来事。
かの動物園には、敷地内の中央に巨大な鳥類放飼専用のドームがある。
入り口を潜ると、其処は天を覆い隠すかの如く大きな樹が枝を四方に伸ばし、
枝と枝の重なる隙間からはガラス張りの天井がその向こうに空を映し出している。
何となく異世界に来たようなそんな気分になる。
その“異世界”の空に舞う、妖精のような小さな鳥。
ハトほどの大きさで、濃いグレーの羽毛と赤い嘴、赤い脚、
そして口元のカールした白っぽい飾り羽の対比が美しい。
インカアジサシと言う海鳥である。
騒々しくキャァキャァと鳴き交わしながら、
日の光を集めて直視できないほど眩しいドームの中を、
思いがけぬ素早さで縦横無尽に飛び回る。
インカとは言うまでもなく、嘗て南米に存在していた古代国家に因む命名だ。
その名前が持つ神秘性故か…。
あるいは翼を持つ者に対して太古から人間が抱き続けてきた羨望の思い故か。
この鳥が乱舞する光景は何時、何処で見ても何とも不思議な気分にさせられる。
何と言うか、国と共に滅びていったインカの人々の魂が、
この鳥に憑依して今の世界に息づいているかのような錯覚に陥るのだ。
最も彼等は、きっとそんな当方の世迷言には頓着なく、
一生懸命生き、食べ、繁殖し、そして天に召されるのみなのだが。
<データ>
*分類*
鳥綱 鴫鴎目 アジサシ科
*分布*
エクアドルからチリにかけての海岸
*大きさ*
全長40〜42p
*食性*
魚食性。主に小型のイワシ類を食べる。
*備考*
グレーの羽毛と、嘴の付け根にある飾り羽が特徴的な小型の海鳥。
日本で見られるアジサシに比べると体つきがややがっしりしているのも特徴。
海岸でも岩がちな地域に数千羽もの大群を形成して暮らしている。
普段は海岸線に沿った外洋を飛翔しながら、海面すれすれに姿を表した魚を捕らえて生きており、
時折クジラやアザラシ類、他の大型の海鳥の群れに付き従って飛び、
彼等が狩りをした際に出る“おこぼれ”の相伴に預かる事もある。
繁殖期には沿岸に上陸し、岩の裂け目やペンギン類の古巣を利用して巣を作り、其処で子育てをする。