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 4月8日(火)
今日の東京はへんな天気だった。朝方スコールのような雨がザーッと降ったかと思うと、昼過ぎ頃は晴れ間がのぞき、また夕方になると激しい雨。そんな中、私はと言えばNHK学園の国立教室へ「多摩と新選組」の講座を受けに行ってきた。講師は町田・小野路の小島資料館館長、小島政孝先生。 第一回目は「幕末の取り締まり機構」。これは昨秋の「多摩の歴史と文化」でも取り上げられたお題。先生のわかりやすい説明で2時間があっという間に過ぎてしまった。次回も楽しみ。その後、国立駅・大学通りの桜を撮影。天気も回復しつつあったので、小金井公園まで多摩の桜を見に行った。強い風が吹いていて、公園中桜吹雪が舞っている。一面桜の花びらだ。もうワクワクしてしまった。桜の花の散り際の姿が何とも言えず胸に来る。写真は後日アップしたい。ついでに「江戸東京たてもの園」を見学。古い農家の竈や囲炉裏に火が入っていて、こちらも懐かしいにおいがした。 先日行った深川江戸資料館や今日の江戸東京たてもの園等、東京にもホッと出来る場所が少しずつだかできてきたんだなと思ったら、嬉しくなった。東京の桜は今日でおしまい。季節はどんどん進んでいく。


 4月7日(月)
今日も快晴。今週は天気が変わりやすく大荒れになりそうとの天気予報を横目で見ながら、「やはり、お江戸の桜も見ておかねば。」と花見に出かけた。京都日帰り・・もなんのその・・だ。(笑) 飛鳥山と隅田川堤の桜、江戸時代からの桜の名所。さすがっ。素晴らしい! 月曜の昼間、そんなに混んでいなくてよかった。でも、シートで陣地取りみたいな事をしていた若者もいたから、夜はさぞかし賑やかだった事だろう。今年は京の桜とお江戸の桜、両方見る事が出来てとってもラッキー。さてさて、次はつつじか藤か・・・。ふ・ふ・ふ・・・♪


 4月6日(日)
実家より戻る。昨日は本当に寒かった。花冷えにしては寒すぎる。その上天気も悪かったから桜の花がきちんと写真に撮れなくて残念だった。左の写真は円山公園の枝垂れ桜。実際はもっと暗く撮れてしまったのだが、そこはデジカメ。加工してなんとかここまで明るくした。(汗&笑) 高台寺、円山公園あたりは午後ともなるとかなり人が出ていた。それでも花見の真っ盛りにしては少なかったようだ。すべては雨のせい。しかしこの雨のおかげで、午前中の清水寺や島原へ予定通りすいすいとまわれたのかもしれない。霊山歴史館の維新トークは私の想像していたものとはまったく違いガッカリしたが、京都の桜を見る事ができたのとオフ会が盛り上がったのとで、とても楽しい一日になった。 さて、明日からは新学期。気持ちを切り替えて・・と。


 4月5日(土)
朝起きると横浜はすごい吹き降り状態。(涙)京都は大丈夫だろうかと不安な気持ちで朝一ののぞみに乗り込んだ。8時15分京都着。小雨が降っていたが関東よりはましな状態でホッとする。 午前中、清水寺の奥の院・千手観音像を拝観。その後島原へ行き、角屋を見学。素晴らしかった。そして午後、維新トーク「沖田総司の剣」を聴くため、霊山歴史館へ。「ぶらりんこ」ご常連様方と対面。また昨年の歳三忌の際、資料館前でお会いした滋賀県在住の方とも偶然お会いし、嬉しかった。講演後、みんなで黒谷さんと会津墓地へ行く。夕食会で盛り上がった後、午後8時9分ののぞみで帰途へ。ものすんごーくあわただしい一日だったが楽しかった。この模様は後日レポートを書きたい。


 4月4日(金)
今日から日曜まで3日間、横浜の実家へ行く。私が日帰り京都ぶらりんこをするので、その間ダンナと娘を実家の母に「お預かり」してもらうためだ。(汗&笑) なので明日はゆっくり帰ってこられそう。こういうチャンスはあまりないので今からワクワクしている。天気がまたまたずれて、明日の京都は70%の雨予報。(涙) やはり「雨女」は私であったか・・・。(ふぅ) 尚、書き込み板へは携帯から参加。現地報告ができればいいのだが・・。では、行ってきます!


 4月3日(木)
此処のところ天気予報を見ては一喜一憂している。土曜日の京都の天気が非常に気になっている。昨日までは曇りだったが今日見ると曇り時々雨。(溜息) 花曇りで寒いとも言っている。着ていく物が本当に困る。明日は午後には実家へ移動。明後日の朝一・のぞみのために待機する予定だ。(笑) 土曜のためにやっておかなければならない事、それは霊山歴史館の木村氏の著作『新選組と沖田総司』を読んでおかなければならない事だ。維新トークでは総司の事を講演、たぶんこの本に関する事を講演すると思われるので予習も兼ねて読んでおく必要がある。(実はまだ読んでいなかった。汗&笑) このところ江戸関係5冊、浮世絵関係を2冊とずっと江戸物を読んでいたので、新選組に頭を切り替えるのが大変かもしれない。(汗&笑) しかし・・明後日の天気が気になる。うーん・・。


 4月2日(水)
今日は一日雨。雨は嫌いなので外へ出たくなかったが、週末の日帰り京都の準備にと池袋のデパートへ出かけた。娘も一緒だったのでもう大変。自分のものだけでは済むはずもなく・・・。買い物するのに5時間もかかってしまった。(涙) もうクタクタ・・・。それでもって買い物で財布の中はスッカラカン・・。(涙涙・・) トホホ・・の一日だった。


 4月1日(火)
いよいよ4月。いいお天気も今日までのようだ。明日から雨になるらしい。週末の京都日帰り、何とか雨だけにはなって欲しくないのだが・・。いつも娘と一緒で雨なんで、娘を「雨女」とばかり思っていたんだが、もしかして・・・。(汗) 今日は珍しく大掃除をする。だいぶマシになったかな?(よかったー。ホッ) 昨日、探していた「江戸東京地名事典」が大分の古本屋で見つかり注文。(定価の4割引) あさってには届く。ようやく「お江戸学問所」の勉強に入れそう。楽しみだ♪


 3月31日(月)
東京の桜は見ごろを迎えたようだ。さてさてどこへ花見に行こう。 お江戸の花見と言えば、隅田川、飛鳥山、上野、井の頭公園、千鳥が渕、小金井あたりかな? 昭和記念公園や神代植物園、多磨霊園とけっこうある。一度も行った事がないとなると隅田川、飛鳥山、昭和記念公園あたり。うーん、さてさて・・・。


  3月30日(日)
 今日、深川江戸資料館と江戸東京博物館へ行ってきた。都営地下鉄大江戸線で清澄白河駅下車。深川江戸資料館と霊巌寺、清澄庭園を見て、両国の江戸東京博物館の特別収蔵品展「江戸東京ものがたり」と常設展を見学。なかなか楽しかった。 昨年秋の東博・特別展「江戸の蒔絵」の折、出されていた江戸後期の工芸家、原羊遊斎が酒井抱一の下絵を蒔絵にしたお盆が展示されていた。うーん、やっぱり素敵♪ 文化文政の頃の江戸文化について今勉強中なのだが、この時代、武士・町人などの区別なく才能のある芸術家が多数出現している事が興味深い。 その辺の事は後々学問所でご披露できれば・・と思っている。さて、左の写真は深川・霊巌寺境内に咲いていた桜。日の当たる場所にあるせいか、ほぼ満開だった。 この分だとこんどの週末、東京の桜の名所は人・人・人・・になりそうだ。 あっと・・ 全然関係ないのだが、今日昼に食べた深川めし(あさりの炊き込みご飯。深川丼とはちょっと違う。)、美味しかった〜♪(やはり私は花見よりも食い気・・である。汗) ちゃんこ屋さんで食べたのだが、同行していたダンナは「ちゃんこが食べたかったのに。」とずっと私を恨んでいた。(昼からちゃんこを食べる気にはなれなかったから。 悪い事したかな?(汗&笑)


 3月29日(土)
昨日日野市石田から連絡があり、日野市議会での採決の結果、「石田」の地名が正式に存続する事が決定した。まだ都知事への届出等が残っているが、「石田」存続の決定が撤回されるという事はない。(だから「決定」なのだ。) やっとこれで安心して寝る事ができる。(笑)本当によかった。これも地名存続の陳情書に賛同して下さり、署名を送ってくださった全国の新選組ファン、歳三ファンの皆様のおかげ。私の気持ちは「報告瓦版」に書かせていただいた通り。感謝の気持ちで一杯だ。『ぶらりんこ』のリニューアルも済み、「石田」存続も決定。また新たな気持ちで新選組を、歳三を見つめたい。 ご協力いただいた皆様、本当に有難うございました。(ゆ)


 3月28日(金)
今日も晴天。春といえば花粉もそうだが風によって舞い上がる砂埃の季節でもある。花粉は平気な私も砂埃はさすがにバツ。この頃風の強い日が多く、外へ出ればもう、目や鼻に埃が入ってチクチク・・・。窓を全開にしたなら埃が家の中へ入り、フローリングの床が汚れて真っ黒。(汗) あー、憂鬱。 今日は月に一度のピアノレッスン。ほとんど先生とおしゃべりしていてレッスンにならなかった。(汗&笑)最後の15分であわててレッスンしたが、おしゃべりで気が抜けていた為、案の定まともに弾けなかった。(涙) が、どういうわけかソナチネがまる。「第二楽章をやってきてください。」とのお言葉。 あー、また譜読みだ。嬉しいような、悲しいような・・・。(音楽の道は厳しい。汗&笑)


3月27日(木)
今日東京に桜の開花宣言が出された。風が強かったがぽかぽかとしたいい日。東京に「春」がやってきて、そして日野では「石田大橋」の開通。2月からこつこつとやっていたサイト改築だが、「もうリニューアル・オープンは今日しかないでしょ。」と突然だが午後になってリニューアル・サイトをアップしてしまった。(汗&笑) 新コンテンツを増やしたのだが、こうやって見てみると、なんだか「本当に大丈夫なの?書けるの?(汗)」と心配になってきた。 ま、こういう事は清水の舞台から飛び降りるような気持ちでやらないとできない事。この一年でなんとか更新して行きたい。がんばろっと。(でも・・不安・・。汗) 夜、石田の土方家ご当主からお電話をいただいた。「石田大橋」無事開通。式典があった事をわざわざ私に知らせてくださったのだ。お忙しいのに。(感涙) 電話で話していてもすぐ他の電話が入ってしまい、ゆっくりとお話しする事はできなかった。お元気そうで何よりだと思う。ご当主は今年、来年とどんどんお忙しくなると思うが、お身体に気をつけて頑張っていただきたい。 ・・という事で今日はとってもハッピーな一日だった♪


 3月26日(水)
今更・・なのだが、昨秋の会津ぶらりんこ最終日のレポ、本日ようやくアップできた。思い出して書いていくうちに、勝常寺の隆盛と衰退が思い起こされ、幾多の戦いによって寺が焼失。寺宝は掠奪。(溜息) 東北での仏教布教の中心地であった慧日寺をはじめとする徳一上人が開いた寺院は今では「・・・つわものどもが 夢の跡」のよう。国宝三尊を除いた重文指定の仏像の中には、かなり損傷のひどいものもある。廃寺になった時(まさに無人状態)、お堂の屋根が朽ち、そこから雨水が入り仏像に当たって、頭から身体にかけて水の跡が残っている・・、そんな仏像もあった。気の毒と言う他はない。今では収蔵庫に安置、鍵も厳重にかけられて、参拝者で希望者のみに拝観。こういうやり方が一番いいのかもしれない。昭和25年、新しい文化財法によって改めて国宝、重文等の認定が行われた。それ以前は勝常寺収蔵庫に安置されている仏像11体と本尊は国宝認定だったという。それがその新法によって国宝3体、重文9体となったのだ。ご住職はご不満のようだった。そう思う。私も不満だ。長い歴史の中、会津の人々の心の拠り所だった勝常寺の仏像。あの薬師堂内の何ともいえないひやっとした空気、忘れられない。(尚薬師堂は重文)




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