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クライミングがオリンピック種目に!?


東京オリンピックの新追加種目の候補に「スポーツクライミング」が挙がっているという。
関係者は大きな期待を寄せているという。「競技人口の増加、底辺の拡大、ひいては選手の地位向上につながる」と

最初に言ってしまおう。
私はオリンピック種目になどなってもらいたくないと思っている。

1960年代くらいまでの、国家的な初登頂争いは別にして、
その後、クライミングはアウトローの遊びになった。社会での地位に価値を感じない者たちが過激なパフォーマンスを行っていた。
社会にも経済的にも貢献するところは何もなく、事故を起こせば非難される。
およそ、オリンピック選手のような「優等生」とは無縁の世界だった。
そんな話をすると、周りの人はいう。
「それは古いよ!いま都会にはクライミングジムがたくさんできて大盛況。サラリーマンが普通に楽しんでいるメジャースポーツだよ!」

本当にそうである。だけど、だけどそれでいいのか?

知っての通りオリンピックは、国家の大事業であり、愛国心高揚の場である。
メダルをとった者はマスコミの有名人になり、社会的にも地位を得ることができる。

国は名誉をかけて選手を強化し、企業もこのチャンスに大儲けしようと動き回る。
IOCやJOCの役員を見てみろ 国家権力と利権の化身ではないか。

オリンピック種目にしてほしい、選手の地位を上げたい、という望みは、
「偉い人たち」におもねらないと達成できない。
これは「権力には従わない。権威には価値を見出さない。個人の喜び、自己の追求だけを求める」クライマーの価値観とは一致しない。
かつて8000m峰全座無酸素登頂を果たしたラインホルトメスナーに、IOCからメダル授与の話があったという。
メスナーは「公の金が何の下心もなしに与えられるとは思えない」といって辞退している。

昨今の、若いクライマーは、クライミングで有名になって皆に賞賛されたい、それで安定した地位を得たい、という気持ちがあるのかもしれない。
それは、言わせてもらえば今までのクライマーの系譜からは外れている。政治家にお願いして廻るくらいならマイナースポーツのままがいい。

前のオリンピックで、開会式のときの服装がだらしない(特段だらしないとは思えなかったが)ということで注意されたスノーボードの選手がいた。
彼はすぐ謝っちゃったが、
「へ〜、俺達の世界では普通だよ、そんなんならオリンピックなんてでなくていいんだよ、だめなら帰るよ」といってしまえばよかったのだ。
オリンピック選手は優等生で、品行方正でなければならないとされている!頭を下げて入れてもらったから思ったことが言えないのだ

ちなみに社会主義国であったポーランドのクライマー イェジ・ククチカはメスナーが辞退したメダルを受け取っている。
なぜか銀メダルだったという。あなたの達成した8000m峰全座登頂は、そうねえ・・オリンピックでいえば銀メダルくらいのステータスかな?
ということか・・・それで腹がたたなかったんだろうか?

2015年12月