シーズンオフ2010

山は雪のあるときがいちばんです。もちろんスキーができるからです。でも雪がなくてもそれはそれで楽しいです。雪がなくなってからの山行は、大げさでない方が好きです。
お金がかからず、時間がかからず、それでいてそこそこ充実感があって、シンプルな行動を善しとします。
できれば、その日思い立ったらデイパックをつかんで家を出るようなすっきりとした山行がいい。



二晩お世話になった長衛荘



下山日は寒かったがなんとまあよい天気 小仙丈が雪煙をあげる
南アルプス仙丈ヶ岳 3033m(スキーではない冬山)
2010年12月29日(水)〜31日(金)

昨年、靴のトラブルで登れなかった仙丈ヶ岳に今年もやってきた。
低山にいくことが多くなった昨今、自分はまだ高山にも登れるのだ、という自信をつなぎとめるため、でもある。

天気予報では年末年始は寒気が入り込み山岳は大荒れ、ということではあったが、行ってみなければわからない、のが山だ。とりあえず行ってみた。

久しぶりに小屋泊まりをしてみたが、暖かく食事もおいしくとても快適であった。小屋の中では、管理人さんの小学生の娘2人が、仔犬のように遊んだり宿題をやったりしていて心が和む。
小屋の中に、昨年病気で亡くなった、友人の写真家、中山秀幸氏の写真が飾ってあったので聞いてみると、よく知っているそうで、時々小屋にも来てくれていた、とのこと。南アルプスを撮り続け、亡くなってなお人に感動を与え続けている中山は幸せだ。
学生のときはどちらかというとものぐさであった彼を、ここまで動かしたものは何か、その片鱗でもみてみたいという気がした。

一人で仙丈のピークに立てば、少しはそれが見えるか、と思ったが、そうは問屋がおろさなかった。
天気は午前中が勝負、との判断からヘッドランプをつけて星空の下を5時に出発した。
大滝頭までは楽勝であったが、小仙丈付近から天候が急変。
雪混じりの強風になり、ところどころで股近くのラッセルになってしまい、時間ばかりが過ぎていく。
仙丈小屋分岐も過ぎ、ピークにもう一投足の場所まで到達したが、折から地吹雪が荒れ、歩いている尾根と空間の区別がつかない。雪庇を踏み外しそうだ。突っ込むと戻れなくなりそうな気がしたので、そこから戻ることにした。登りで付けた自分のトレースはすでに消え、小仙丈がどちらにあるのかそれすらもよく判らない。ガスが薄くなったときに見えた小仙丈にコンパスを合わせ慎重に降りていく。小仙丈まで戻り、小屋で一緒だった方と会ったときはほっとした。写真を撮りたかったが、低温のためか、カメラが正常に作動しなかった。小屋に戻ると目薬がカチカチに凍っていた。

明けて下山日、明け方は昨日と似たような天気だったが、次第に青空になり、日が差してくる。なんとまあよい天気。少々悔しかったが、まあ、よくあることさ、と自分に言い聞かせた。

「中山はまだ、オレが一人で仙丈にたつことを許してくれていないのだな」
そう思うことにした。
山のぼりは今ひとつだったがよい小屋に出会えて、ちょっと幸せな気分で八丁坂を下りていった。



行者小屋まではこんなに晴れていたのだが・・


山頂付近はガスと強風とアラレ!早く降りよう!

赤岳鉱泉「アイスキャンデー」 ドライツーリング用の壁も完備している。
結構流行に敏感。
八ヶ岳赤岳
2010年12月11日(土)

私の技術で山スキーに飛び込めるほど雪がないので、冬トレーニングに八ヶ岳の赤岳へ。

実をいうと20年ぶりくらい。
かつては美濃戸口八ヶ岳山荘から先は一般車両は入れなかったが、今では小松山荘まで入れるようだ。(私は歩いたが・・・)
行者小屋につくまでは晴れていたが、文三郎道を登るころには前線の通過に当たったようで、霧と猛烈な風。文三郎道の上部は岩場であり、ところどころ氷結しているので緊張する。強風の中、氷にアイゼンを蹴りこんで登っていると「おお!これをやりにきたんだぜ〜」という気になるが、ここまでの道のりが長かったので疲れてしまっており感激も今ひとつ・・。
時折アラレも混じる悪条件の中、赤岳に立った。予定では地蔵尾根を降りるつもりだったが、視界の利かない中、トレースがついているか判らない地蔵尾根を下降するには、記憶に自信がなかったので、さっさと文三郎道を戻る。

文三郎道の上部は、権現岳方面や阿弥陀方面に分岐があるので視界やトレースがない場合は要注意である。
そういえば芳野満彦さんが若いとき遭難したのもこのあたりだったなあ。
今でこそ鎖が手すりのように張られているが、何もないときは相当悪かったに違いない。

さて、無事に行者小屋まで下降してきたが、まだ12時半・・・

赤岳鉱泉にできた、というアイスクライミングの練習場「アイスキャンデー」をみたくなり、赤岳鉱泉経由で帰る。
「アイスキャンデー」みたいなものがなかったときは、僕らは山間地の道路わきの氷を見つけては氷攀りの練習にいったものなんよ・・・(昔話はこのくらいに)

土曜日ということもあり、北沢の登山道は赤岳鉱泉に向かう登山者が次から次へと登ってくる。半数位の人がアイス用の短いアックスを持っている。
今も人気の山なのだなあ・・


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9合目付近から将棋の頭


山頂付近はすでに冬枯れ
中央アルプス 経ヶ岳
2010年11月20日(土)

グリーンシーズンのガイドも一段落し、プライベートな山行に行かれるようになった。
信越トレイルはすばらしい山だが、標高差がとりにくく、トレーニング不足になりがちな点は否定できない。
山スキーシーズンを前にして、歩きに集中でき、1000m以上の標高差が取れる山ということで、中央アルプスの経ヶ岳にいってみた。
私の職場からは近いが、初めてである。
天気がよくトレーニングのはずが和んでしまったが、気持ちのよい山行ができた。


ただ、ぶなの木がほとんど見当たらず、カラマツや笹に覆われた山は、山深さという雰囲気の点で少々物足りない。
人それぞれにしっくりくる山があるものだが、私が中央アルプス周辺に足が向かないのは、そんな嗜好にもよるかも。


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天狗原山では雲の上にでた


ブナタテ尾根の紅葉
頚城 天狗原山、金山
2010年10月11日(月)

登山口では結構雨が降っていたが、天気予報では晴れてくるようなので登りだす。久しぶりのプライベートな山行であることもうれしいのだ。
好きなスピードであるき、休みたければいつでも休んでいいんだ。
ブナタテ尾根を登りきるころには完全に晴れて雲海の上に出た。紅葉も少々くすんでいるものの、見ごろである。


ふと先週から入院している妻のことを思い出す。ふと、この紅葉を見せてやりたくなり、地面に落ちているブナとカエデの色の鮮やかな葉を拾ってザックにいれる。
一人の山ではいろいろなことを考える。

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沼の原湿原でのガイドツアー
関田山脈(信越トレイル)ガイド 

昨年から、長野・新潟県境の信越トレイルでガイドを始めた。
里山のガイドなのだからそう難しくあるまい、と思っていたが、とんでもなかった。
生息している動物、植物の種類は高山とは比べ物にならないくらい多様だし、1週間で咲いている花が一変してしまう。

日々が勉強で、今シーズンになって30回近くお客さんを案内する機会があったが、なかなか会心の案内はできないものだ。
休日は、下見や自主的な調査をすることが多くなり、自分の課題の山登りはほとんどできなくなってしまった。でも、いままでとはまったく違った視点で山を見ることができ、この一年で知識は大幅に広がった。

顔なじみのお客さんも増えたし、もうしばらくは、このままガイドを続けてみようと思う。


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胸突岩の登り


蟻の戸渡りと続く剣の刃渡り
戸隠連峰 表山
2010年08月10日

東京の専門学校にかよう長男が、夏休みで帰省してきた。山に行きたいというので、戸隠山にいくことにした。
私の母親は、「そんな危ない山につれていくな!」と心配することしきり・・・
成人を前にした男なら、この程度の山は登れてほしい。越中では立山に詣でないと成人できなかったというではないか。
まあ、「世の中には真剣に取り組まないと死んじゃう物事がある」ということも知っておいて損はないだろう。

そうはいっても、時々転落事故の起こる山である。鎖場ではすべてロープにより確保。たいていの人は度胸だけで、丸腰で登ってしまうが、この後1ヶ月間に2件の転落事故が発生した。
最近の中高年登山者は、「山はだれかが管理してくれている観光サービス」と勘違いしている。遭難しておいて「登山道の整備が悪かった」などという輩がいるというのは信じがたい。
「墜ちれば死ぬ山」であることを認識したうえで、自分で対策を講じておくことが大事なんだなあ。

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梨平峠南面の湿原?

積雪期はこんなところだったんだ
関田山脈(信越トレイル)梨平峠の湿原探査 

2010年9月11日
普段人が入り込まない場所に入り込んでみる、という山歩きは非常に興味深い。関田山脈の梨平峠に、冬季スノーシューツアーでいつも昼食休憩に使うくぼ地がある。
まっ平なので湿原ではないか?と先輩のガイドもいっていたが確認した人はいないようだ。
気になっていたので、ガイドの予定のない一日を使っていってみた。
冬季ケツゾリで下る急斜面はヤブが濃く、突破困難。
ハビロヤマ方面に下る峠道を100mほど下り、坂が緩くなったあたりから左手のヤブに入り、5分ほどヤブこぎをすると広い湿原にでた。

今の時期では背の高い草が繁っていたが、6月くらいであれば花が咲いているのかもしれない。

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