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那智の滝登攀に思うこと


著名なクライマー3名が、「那智の滝」を登攀し、逮捕されたことがあった。
少し時間がたってほとぼりがさめたころかもしれない。3名も再び意欲的な活動を再開しているようである。
そのうちの1人は、そのブログなどの行動から私は密かに尊敬していた。
また別の1人は、最近「外道クライマー」という本を執筆して出版された。刺激的かつ挑発的な表題・・
まだ読んでいないが、ぜひ手に入れたいと思う。

那智の滝は他人の土地だから、勝手に侵入したことについては、法律にふれることであり、罰せられてもまあ致し方あるまい。

でも、おかしいのはその後だ。宮司から「ご神体である滝を登るなんて冒涜にもほどがある、大ばか者だ」
と大目玉をくって、頭を丸めて謝罪にいった・・・とのこと

日本では、神をまつるために、麓から拝む人たちもいるが、山に登ることによって神と一体化しようとする人たちも少なくない。
修験者は山や岩に登ることこそが、神を崇めることだとして実践してきた。

よじ登ることは冒涜なのか??

私ならこういった。

「私は滝を冒涜するために登ったのではない。むしろ滝にいる神と一体になるために滝を登ったのだ。登ることは
滝の力を感じ、滝を尊敬する体験だ。落ちれば死ぬ。伊達や酔狂、面白半分では登れない。あなた方のように、
暖かいところから滝を見上げてのほほんとしているだけで、神と一体化できるとは到底思えない。


登った3人を駆りたてたものはそれだったのではないだろうか?宮司さん、反論できますか?
宮司さんにはこういってほしかった。
「いやーあっぱれあっぱれ!だけどここはこの神社の土地だよ!人様の土地に勝手に手を触れたのだから、ちょっと頭を冷やしてきたまえ!
神様もくすぐったかったと思うぞ!ははは!」

クライマーを一見愚かな登攀に駆り立てるものには、何か大きな力がある


2016年3月