2003年4月:ワーズワースの庭で
 
 
 僕がこの本に出会ったのは、高校1年の秋だったと思う。小学5年で母親に漫画を禁止されて以来、学校の国語の教科書を読みふけっていた僕が、市販の文庫本をはじめて買ったのが中学3年だから、それからおおよそ1年後のことだ。そのときには、僕の選ぶ本はかくあるべき、というようなものもなくて、本屋に行って、棚に並んでいる無数の本たちの中から、あ、これは面白そうだな、と思ったものを純粋に買って読んでいたのだ。
 高校生になって多少小遣いを増やしてもらったとはいえ、1冊500円前後もする文庫本は、僕のとってはまだまだ高価な代物だった。が、そのときからとにかく読書にはまり込んでいた僕は、無数にある本から毎月1冊〜3冊ほどを吟味して買っていた。まぁ、そのときに買っていた本の多くが3人称視点のものであったから、今はそれしか読まなくなっているわけであるが。
 さて、この「ワーズワースの庭で」は、僕が今まで読んだ本の中で、最も面白いものに分類される本のひとつだ。いわゆる「ノンジャンル」に分類されるこの本は、1993年にフジテレビで放送された同名の番組の内容を単行本化したものだ。さまざまなテーマに沿って、旅人たちが世界各地を飛び回る、という番組だったらしい。本では、12のテーマを選んでそれについての著者の主観的な見解などが述べられている。が、それは決して意見を押し付けるものではなく、こういうものもあるし、こんなのもある、でも僕はこれが一番好きだ、といったものだ。非常に好印象の持てる文章なのだ。それが、僕がこの本を面白いと思うひとつの理由だ。
 第1章「紅茶」の書き出しは、若き日の著者の家庭の風景回想から始まる。やわらかく深みのある文章で、家庭の温かさが存分に伝わってくるのだ。そんな場面が随所にある。古きよき時代のゆるやかな時間の流れやゆったりとした自然の風景、のんびりと自分の好きなことをして暮らす人々。この本は、道楽=ウェイ・オブ・ハッピーライフへの扉へと、僕たちを導いてくれるのだ。
 著者である松山猛氏は、実は、この世界ではよく名の知れた人物。1946年に京都で生まれ、今年57歳を迎えるのですが、古くはフォーククルセイダーズの「帰ってきたヨッパライ」の作詞で知られているし、その後の雑誌編集にかかわって、「アンアン」「ポパイ」「ブルータス」などの創刊に一役かっていたのだ。実は、かなりすごい人なのだ。
 本のタイトルとなっている、ワーズワース。1770年にイングランド北西部、レイク・ディストリクトに生まれた実在の人物である彼は、若き日を革命への情熱にささげた後、80歳の生涯を閉じるまで、豊かな自然の中で詩作にふけっていたという。今からもう200年も前のこと。だが、彼の情熱や自然を愛する心、人々に感謝する気持ちは、長い月日が流れたいまでも、変わらずに伝わり続けている。
 人は遊ぶ動物。遊びの中にこそ、人間の人間たる由縁が隠されている。あなたがいま何歳でも、男性でも女性でも、道楽の世界はその扉を開けてあなたを待っている。
 あなたも、道楽の扉をくぐってみませんか。
 
★ワーズワースの庭で
  著者:松山 猛(&フジテレビ「ワーズワースの庭で」より)
  刊行:扶桑社文庫
  1994年4月30日 第1刷発行
  1998年1月10日 第8刷発行
  ISBN:4-594-01960-9
  定価:505円(税抜)