2002年8月:キノの旅Y-the Beautiful World- |
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昨年ドラマCDも発売された大人気小説シリーズの第6弾の登場です。人間キノと言葉を話す二輪車エルメスの旅の物語。今回のキャッチフレーズは、「選べない道なんかない」。
ご存知のとおり、この「キノの旅」は短編連作という形で物語が進みます。ですから、時系列が全くメチャクチャになっていることもしばしばあるのですが、今回はそんなことはないようです。ただし、それぞれの物語の間にどれほどの時間が流れているのか、という部分については全くわかりません。そもそも、「キノの旅」シリーズにおいて、時刻というものが明確に表記されたことは一度もありません。日記形式で書かれている物語もあるのですが、日付の表示がすべて「××××年××月××日」となっているのです。ですから、「キノの旅」の世界では、時間というものはそんなに重要なものではないのです。少なくとも、読者であるわれわれにとっては。
「キノの旅」では、ほとんどの物事が非常に「素っ気なく」描写されます。それは、人間の「死」についても例外ではありません。今作の中からいくつか引用しますと、「首がなくなった」「身長が半分になった」「胴体が吹き飛んだ」といったぐあいに、違う表現方法で同じ事柄を表しますが、その文脈が非常に「素っ気ない」のです。まるで、それが日常茶飯事であるかのように書かれます。たしかに、世界中を旅しているキノにとっては、そういったものも日常茶飯事であるかもしれません。万が一のために、キノも「パースエイダー」と呼ばれる銃器を持っていますし、ナイフだっていくつか携帯しているようです。ですが、それはあくまで「キノにとって」のことなわけで、読者である私たちにとっては、人間の「死」というのはとても縁遠いもののように思えます。それゆえ、このような書き方に非常に衝撃を受けるのです。人間の死をこんなに簡単に書くことのできる作者をすごいと思うのは私だけでしょうか。
さて、今回初めてキノの「師匠」が本編に登場します。今までその実態が全く不透明だった「師匠」ですが、いよいよその姿が明らかになっていきます。女性であること、年齢はまだ若いこと、パースエイダーの名手であること、ある事件をきっかけに、1人の男性を相棒として共に旅するようになったことなどが今作でわかります。次回作以降、師匠を主人公にした物語は増えていくでしょう。そしていつか、キノと再会する日が来るかもしれません。
そうそう、キノ以外の主人公といえば、刀の名手であるシズと言葉を話す犬の陸を忘れてはいけません。彼らはがはじめて登場したのは、「キノの旅T」の第四話「コロシアム」。それ以来、多くの読者から反響を得て、しばしば物語の主人公として描かれるようになりました。今回は、シズがある少女に「身売り」を頼まれるという展開です。そしてこの物語では、今まであまり表現されることのなかったシズの性格面が現れるようになります。また、話の伏線上ではありますが、シズの旅の目的が多少見えてくる部分もあります。本当に一部なのですが、どうやら、「シズの旅」はもうすぐ終わりを向かえることになりそうです。
「the beautiful world―――美しき世界」が現実世界に存在するのかどうか、人々が追い求める「桃源郷―――ユートピア」は有り得るのか。考えたことはありませんか?キノとエルメスが出会う人々は、ちょっとだけおかしく、そしてとても優しい人々です。その人々が奏でる、不思議な時と生活のハーモニー。みなさんも一度耳を傾けてみてください。「生きる」とはどういうことか。その答えがほんの少しだけ、見えるかもしれません。 |
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★キノの旅Y-the Beautiful World-
著者:時雨沢恵一
イラスト:黒星紅白
刊行:電撃文庫(メディアワークス発行・角川書店発売)
2002年8月25日 初版発行
ISBN:4-8402-2155-3
定価:530円(税抜) |
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