昨日、王子様に会ったんです、とパートナーである作曲家の卵が大変真剣な顔をして言ったので、翔は飲んでいたパック牛乳を思わず噴出しそうになった。なんだか朝からにこにこといつも以上に笑顔を振りまいていたものだから、何かいいことでもあったのかと尋ねてみればこのような返答。完全に予想外だった。なんだって、おうじさま?いまこいつおうじさまとかいった?なんだそりゃ、とどこから突っ込んでいいものやら分からず零れ落ちた言葉に、同じテーブルで昼食をとっていた友人たちがあわてず騒がずなんと言うこともないように口を開いた。王子って確か、おチビちゃんのことじゃないのかなレディ。おチビちゃんの愉快な遊びにつきあってあげることもないんだよ。翔、あなたが自分のことを王子と呼べなどとわけの分からないことを言うから七海くんまでおかしなことになったじゃないですか。大体王子様扱いして欲しいだなんて幼い子供じゃあるまいし。普段から必要以上に落ち着き払っている2人であるが、まあ呆れた、という表情をなぜか言った本人ではなく自分のほうに向けてくるのはどういうことか。片方にチビって言うな!と釘を刺してから、2対の瞳に翔は何で俺に言うんだよ!と当然の主張をするに至った。



「ああ、翔くんももちろん王子様なんですけど、違う王子様なんです」
「はあ」
「ええと、昨日部屋で課題をしてたら褐色の肌のアラビアの王子様のような人が突然目の前に現れて、あまり思いつめないようにと励ましてくれたんです!」
「…春歌」
「はい!」
「お前疲れてるんだよ」
「いいえ!私は今元気いっぱいです!幸せいっぱいです!」



ああそんなに課題に行き詰っていたのか。そんなに俺の歌詞に曲作るのに追い詰められてるのか。…気持ちは分からないでもない、分からないでもないけど!きらきらとした輝きを放つかのような輝かしい微笑を浮かべるパートナーに翔はなんと言っていいものか大変悩んだ。自分の歌を作曲するのにここまで疲れきっているパートナーに冷たい言葉は浴びせたくない。浴びせたかないがこりゃ結構やばいだろ!とりあえず午後は早退を薦めるか保健室行きを勧めるかしばし悩んだ翔はああ、どうせならクラスメイトの意見も聞こうとじっと一点をみつめていた視点を上げれば2人は馬鹿みたいに穏やかな表情で笑顔を振りまく作曲家の卵と頭を抱えるアイドルの卵である自分を見つめていた。
その瞬間、翔には分かった。ああこいつら本気でどうでもいいと思ってるな!でもってこの状況をちょっと面白いとか思ってるな!?



「前向きなのはいいことじゃないですか」
「レディが幸せなら何よりじゃないかな」
「その語尾に"どうでもいいけど"がくっつく投げやりな慰めかたするならそもそも何も言わんでいいわ!」
「翔くん元気を出してください!ほら、幸せをおすそ分けしますから!」
「お前が慰めるのか!お前が俺を慰めるのか!!」



ほら、これを食べて元気を出してください!昨日王子様がくれたんですよ!と紙袋の中からメロンパンを差し出され翔は本格的にツッコミが追いつかないことを悟った。なぜメロンパンなのか。なぜ昼食を食べ終わった今のタイミングでメロンパンなのか。その紙袋結構なでかさだが何個持ってるんだ。大体俺は聖川のようにメロンパンで即テンション上がるほどメロンパン好きじゃないんだけどな!もはやこの件については何も言うまいと心に誓い、それを受け取った。どこからどう見ても購買部の紙袋から出てきたそれに半ばやけくそ気味にかじりつき、ふんわりと甘い香りが口の中に広がったところでああもう俺ツッコミやめてボケになりたい、と噛み締めた。
俺の心の平安はどこにあるの。少なくとも寮にはねえぞ、とんでもねえ暴力的なボケがいるんだから。
ああ俺のとこにもその王子様とやらが現れていろいろ解決してくれねえかなと遠い目をしてぼんやり思い、パンの残りを口の中に押し込んだ。










「よし春歌、いっこずつ片付けてこうぜ。まずこれは、購買部のパンだな?ということは、その王子様とやらはうちの生徒じゃないのか?」
「そ、そう言われてみればそうなんでしょうか?」
「俺に聞くなよ!大体その王子様とやらはなんでパンなんかくれるんだよ!」
「なぜでしょう?なんだか難しいことを最初言ってたんですけど、帰り際にこれを食べてがんばりなさいってパンをくれたんですよね。みなさんでどうぞって。あとあなたの友達の子猫にって」
「ね、猫?!今度はどっから出てきたんだよ猫って!」
「レディは交友関係が広いね」
「そういう問題じゃねえ!」
「動物に人間の食べ物をやるのはあまり感心しませんね」
「そういう問題でもねえ!」
「そのあとぱあっと光ってどこかに消えちゃいました」
「質問の答えになってねえ!っていうかなんだそれ!?」


08. #009944





しょっちゅう出てきては難しい言い回しの日本語を喋りメロンパンを与えていく異国の王子様

back