---注意---
・お酒飲める年齢
・寮暮らし
・二人は特に付き合っていない(重要)
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ふわふわとしたあわない焦点とどこか現実感の薄い軽い足取りで勝手知ったる寮まで帰ってきて、青年は大きく息を吸った。主役を務めた舞台が大成功に終わりどこか気が緩んでいたのであろうと今でこそ思うが後の祭り。打ち上げという名の飲み会でいつも以上に飲んでしまいそれほどアルコールに強くない(友人たちから言わせれば自分たちの中でも1,2を争う弱さだそうだ)自分がどうにか自力で帰ってきたのは奇跡に近いのかもしれない。3次会の誘いを最早どうやって断ったのかすら記憶にない。W主演を務めた元同室の男は酒を飲んだとは思えぬいつもどおりの顔つきで、じゃあ俺は次に行くからお前は頑張って帰れよ聖川、なあに大丈夫お前さんなら一人で帰れる。え、まさか一人で帰れないほど酔っ払ってなんていないだろう?などと適当なせりふとウインクをよこしてみせたのだけは覚えているが。全部分かって言っているところが実に忌々しい。
ふらついたままタクシーを捕まえ闇に引きずられそうになる意識をこちらの世界に留まらせオートロックを解除しぶれる手つきでエレベーターのボタンを押し、どうにかこうにか帰ってきて今までとめていたのではないかと思われるほど大きな息を吸って、吐いたところで壁に頭を勢いよくぶつける。


…痛かった。ああ、大丈夫だ。俺はまだ生きているぞ。
痛みにより少し覚醒した頭押さえ、部屋までのいつもであれば数十歩でたどり着く道のりに足を引きずろうとしたところ、なんか凄い音したけど、と後ろから声をかけられた。
ああ、よりによって誰かにこの姿を見られてしまうとは。よりによって、同期で友人でどこまでもお節介焼きの人のいい彼女に!(その直後、これが敬愛する先輩や3次会に飛び込んでいった阿呆でなくてよかったと青年は思った。それぞれ別の意味で自分のこのような姿を見せるわけにはいかないのである)


このような時間に騒がしくしてすまない、と振り向きざまに謝れば彼女も仕事帰りらしく大きな鞄を肩から提げたまま青年の顔を見上げ、お疲れマサやん、と半分笑顔で半分同情するような視線をくれた。


「ああ、今日打ち上げだったんだ。そりゃ飲んじゃうのも分かるわ」
「今、俺は顔を見ただけで分かるくらい酔っているのか?」
「自覚症状なしときたか。鏡貸したげようか」
「…いや、いい。ありがとう」


マサやんあんまり強くないのにねえ、何飲んだの?え、日本酒?うわあそりゃまずい、明日残るよそれ。明日休みじゃなきゃ早く寝たほうがいいわ。日本酒って飲みやすいからついつい限界超えちゃうのよね。とりあえずこれあげるから飲んで早く寝な寝な、とペットボトルを差し出す彼女の口元をよく喋るな、とぼんやりと眺めていれば脳裏に蘇る小さな痛み。
いつだかの、今とは逆の立場であった彼女からの攻撃。
そうだ、今自分は酔っ払っているのだから今度はこちらの番なのではないかと青年は考えた。黙ってやられたままでいるなど日本男児の名折れである。そう、昔の偉人も言っていた。目には目を、歯には歯を。…日本が郷土ではない人物の格言だがこの際そこには目をつぶろうではないか。地球は丸い。人類皆兄弟。
くらくらと揺れる視界に小さく頭を振り、集中すべくぐっと瞼に力を入れれば目の前の人物が思いの外近くにいたことを認識する。ああこれは反撃のチャンスだ、と目の前の人物の両肩に手を置き




かけたところで。
ぐっと引き寄せられられる自分の体。
そして後頭部に感じる重みと暖かさ。





…重み?










「よしよし痛くない痛くない。アイドルたるもの首から上は死守しないと駄目よって林檎ちゃんも言ってたでしょ!」

ほら、これ飲んで早く寝る!部屋まで送ってく?いらない?それじゃあたしも部屋戻るけど、無理しないんだよマサやん。じゃあおやすみ!
すれ違いざまに左肩をぽんぽんと叩いて颯爽と歩いていく彼女の姿を見送ることもできず青年は今にもずるずると崩れ落ちそうになる体を壁に預けることでどうにかこうにか立ち続けることに成功した。
なんだ、なんだというのか。なぜこうなるのか。なぜ幼い子供のように頭をなでられなければいけないのか。そんなことをさせずにはいられないほど子供のような顔だったのか俺は。いやまて先制されたということは俺の不埒な考えが筒抜けだったのか。…不埒?不埒だと何を馬鹿な!?何を考えているんだ聖川真斗。お前は婦女子に何をしようとしたというのだ!?

右手に握らされた買ってきたばかりらしいペットボトルは汗をかいたように水が滴っており、その冷たさにより今の出来事がどこまでも現実であったことを知った。
しばしの葛藤の後、青年は今度は自らの意志で壁にもう一度頭をぶつけた。
















「そういえば、なんか昨日の夜壁をごんごん叩くような音がしたんだけどさ、みんなにも聞こえた?」
「ああ、そういえば音がしてましたねえ。幽霊さんが出たのかと思ってましたー」
「ええー幽霊は透明なんだから壁叩けないんじゃないの?」
「それもそうですねえ。じゃあ熊さんでしょうか?」
「さすがの早乙女事務所寮でも熊は出ないよ!だよなあ、マサ」
「………どうだろうな」
「えっ出るの!?熊出るの!?」
「わあ、僕熊さんに会うの久しぶりです」
「俺見たことない!見てみたい!!」

06. #b6007a





つきあってません(しつこいくらい言ってますが大切なことなので以下略)
この状態をはたから見ても本当に軽く頭をぽんぽんやってるだけでまったく勘違いされないレベルですがスキンシップに慣れてないので大変困惑している次第でございます(説明がくどい)

「あ、トキヤー。ねえねえ知ってる?この寮熊が出るんだって」
「そうですか」
「熊だよ熊ー。なんか夜になると出るらしいんだよ。見たいよな熊ー」
「寝言は寝てからどうぞ」

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