---注意---
・お酒飲める年齢
・寮暮らし
・二人は特に付き合っていない(重要)
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あれこんな時間までなにやってんの、と声をかけられ青年は手元の本から目を上げた。談話室の入り口に手をかけ中を覗き込んでいるのはよく見知った同じ寮に住む元クラスメートで、彼女はにこにこと機嫌良く笑い青年に手を振った。本を読んでいた、と生真面目に答え壁にかけられた時計を見やればもうすぐ日付が変わるか変わらないかという時間で随分自分が熱中していたことに青年は気がついた。仕事でもっと遅くなることはあるがオフの日には他が呆れかえるほど規則正しい生活を心がけている青年としては珍しい時間であった。明日は早いわけではないがいくつか打ち合わせが入っていたことを思い返し、そろそろ休まないとなと本にしおりを挟みぱたりと閉じれば彼女はそうそう良い子はお休みの時間でしょ、夜更かしするなんてマサやんもワルだねと調子よく相槌を打った。


「しかし渋谷、こんな時間にお前はどうしたんだ」
「今ね、仕事の打ち上げから帰ってきたとこ。あした朝早いから一次会で勘弁してもらっちゃった」
「そうか」


お疲れ様、と声をかければ彼女は歯を見せてありがと、と笑った。でもねえ疲れるようなことはなかったよ。ご飯もお酒もおいしかったしね。その言葉でようやく目の前の彼女の機嫌のよさの原因に気がつく。ああ、なるほど多少アルコールがまわっているのか。酔っ払いにしてはずいぶんとしっかりした酔っ払いだな、と青年が言えば、ああ、駄目駄目。と彼女は左手を顔の前で振ってみせた。駄目だよマサやん油断したら。あたし結構今酔ってるよこう見えて。酔っ払いだから何するかわからないから気をつけてよね。


談話室の椅子に姿勢良く腰掛け真直ぐに彼女を見上げていた青年の横にふわりと座って彼女は言った。
その足取りもしっかりとして、口調にも何も問題は見えず、顔色すらいつもどおりにしか見えない彼女の微笑みに対し、お前の冗談はわかりづらいな、と青年もつられて微笑みかけ


た、途端。
数センチ先の空間にふわりとした彼女の髪が視界に入り
そして顔の中心にちくりと感じる小さな痛み。





…痛み?










「あはははは油断した油断した。アイドルたるものいついかなるときも油断したらいけませぇんて社長も言ってたでしょ!」

じゃあそろそろ部屋に帰るぜぃ。話付き合ってくれてありがと!おやすみ!
入ってきたときと同じように軽い足取りで去っていく彼女の姿を何も言えずに見送り青年は手元の本を力の抜けた手の中からなすすべもなく落とす。なななななななんだ今のは、なんだ今のは!?近すぎただろう、近すぎるだろう!?俺が悪いのか、油断した俺が悪いのか?!大体油断とは何だ直前までまったく奇行のそぶりはなかったではないか!?ではわざとか、わざとなのか!?ではなにかあいつは酔っ払うと誰彼かまわず目の前の人間の鼻を噛む病にでもかかっているというのか年頃の娘がそんなことをするなど考えられないぞそれに誰にでもというのは納得がいかな………何に納得がいかないのだ俺は?ああ渋谷の言うとおり俺が夜更かしするからバチがあたったとでもいうのかいやまてそれを言う相手がはおかしいだろう誰のせいだと思っているのか!


完全に硬直状態のまま声にならぬ心の叫びをあげた青年は自分でもいつ自室に帰ったのかは記憶にまったくなかったがいつの間にか日付は変わり、いつの間にか日が昇っていた。幸いなるかな不幸かな、青年は大変真面目であったので昨日のことはきっと何かの勘違いなのだと自分に強く言い聞かせ、気持ちを切り替えて仕事の準備を進めることができる男であった。
















残念ながらその数時間後、「あ、そういやこれマサのだろ?談話室に落ちてたから拾っておいたんだけどさ!」とどこまでも無邪気な友人にどさくさにまぎれて落としたらしい栞を渡され、幸いなるかな不幸かなどこまでも真面目な青年が自分の10センチ圏内にあったふんわりとした赤い髪とかすかに香ったシャンプーか何かの香りを否が応でも思い出すことになり再びじたばたともだえ苦しむのを我慢する羽目にはなるのだが。


02. #522886





つきあってません(笑顔で)(大切なことなので2回言った)
春ちゃんとつきあってるときのマサやんはそれはもうデッレデレでございますが、それ以外のときの生真面目で生真面目でどうしようもない生真面目っぷりというギャップが面白くてしょうがないです。

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