『じゃあ、行ってくる。今までありがとう』
そう。たったそれだけ、言い残して。消えた、あいつ。
「・・・」 ふと、ぼんやりしたときに、浮かんでは漂うもやもやしたキモチ。 いったい、どうしているのだろう。無事に宿命の敵ってヤツは殺れたのだろうか。
「・・・・・・だーっ。もう」 まったく、こんなんあたしらしくない。 じたばたと、人と獣と排ガスにまみれたクーロンの空気をかき回して。もてあました心配5割と不安2割。そして、認められない3割の何かを打ち消すように、あたしは手で払った。
「あぁ。ヤダヤダ」 いつものように、アジト兼食堂のイタメシ屋のまえを陣取って。通りすぎる人々を、誰彼となくにらみつける。
お金のタメなら、汚れ仕事もお手のモノ。 切り裂きアニーに、刃物ジャンキー。イカレカッターだの、マッドナイフ。 さんざっぱらに、言われ続けて。からかうヤツは、みんな切った。
そんなあたしが。
「・・・・・・バカみたい」 命よりも、クレジットよりも大切な。カワイイ妹たちでもなく。 雇い主のグラディウスのメンバーでもない。 たかが、お互いの利害のために。ほんのちょっと一緒に旅しただけの、アイツが。 ・・・・・・こんなに気になるなんてさ。
「・・・どうしてるかな。ルージュ」 ぼそり。と、つぶやいたドスの利いた乙女の声に。通りすがりのスパルトイは、まるで聞いてはいけないものを聞いてしまった、と骨の髄まで震え上がった。
『君は、酸いも甘いも。人生の裏街道やら、日陰やら。そういうものまで、よく知っているんだね。なんていうの、そう・・・ヨゴレ?』 『・・・・・・アンタ、ケンカ売ってんの』 『???イヤ?僕は商売には無縁だし、向いてもいないと思うのだけど』 『・・・・・・・・・・・ゼッタイ、辞めておいたほうがいいよ。アンタ』 『アルカナの資質はあるから、金貨には不自由しないけど・・・』 『・・・やりたいのか?商売・・・・・・てか、それって詐欺』
あたしらの仕事は、バカラに出没したジョーカーを追うこと。 アイツの目的は、ノームの持っている「金のタロット」。 最初は、たったそれだけの付き合いのはずだった。 それがいつまでたっても集まらないジョーカーの情報に業を煮やし、ヒマと殺意ばかりをもてあましたエミリアと一緒に、アイツの資質集めに付いて回ることとなった。
『行くわよ。先手必勝・・・DSC』 『ロザリオ跳弾!!!』 『そしてトドメの・・・・・・無月塔ッ!』 目の前で巨竜が地響きとともに、地に這った。 いつの間にか、息もピッタリで。あたしは、術なんてからっきしだから。それまで術士なんてものは、間合いが近けりゃクソだなんて思ってたけど。
『やったね、最っ高』 『・・・・・・ははっ。決まったね』 パチン。 汗ばんだ手でハイタッチをする。
『肩で息しちゃって、汗だくだし。みっともないのー。ハイ、術酒』 『ありがとう。・・・君は、本当に強いなぁ。今だって、息も切れていない』 そうちょっと目を細めて微笑みながら、あたしが放り投げたビンを受け止める。 違うんだよ。あたしなんて、そんな風に素直になれない。 ・・・ああ、ホント。コイツってば、強いんだから。
ホントにとっても・・・・・・強いから。 あの日、突然。
『ああ、ルージュ。どうしたの?パスタでも食べてく?』 『いや・・・いいんだ』 クーロンのイタメシ屋の前。いつもの場所。 相変わらず仕事のために、突っ立っているあたしに。話しかけて来たルージュは、少し様子が変だった。 きっと、おなかでもすいてんだろう。自分のレベルでモノ考えて、あたしは精々それぐらいにしか思わなかった。
『もうすぐね。あたしら、ジョーカーを追い詰められそうなんだ。あと少しで、ヤツは尻尾を出すだろうって、ライザも言ってた。ねえ、アンタも来てくれるでしょう。ゼッタイ、ヤツは悪あがきをするだろうから。戦闘にならないわけがないんだし。アンタがいるといないじゃ、戦力全然違う―――』 『アニー・・・』 こちらの言葉をさえぎって。難しい顔をしたルージュが、名前を呼ぶ。
『・・・なによ』 途中で話を打ち切られて、あたしはちょっとムカついた返事をした。
『・・・時が来たんだ』 『はぁ?』 『資質は集まり、力も満ちた。定められた条件は総て揃った・・・僕は、運命と向き合わなければならない』 『・・・・・・アンタ。あたしがバカだって分かってて、そういう難しいこと言ってんでしょ』 相変わらず、コイツの言っていることはさっぱりちんぷんかんぷんで。 もうちょっと、わかりやすく言ってくんない? そう言ったあたしにちょっと苦笑して、ルージュがいつもどおり噛み砕いた言葉で、説明する。 そんな、あたりまえのことを期待した。 けれど。
『分からなければ、それでいいんだ』 ルージュは優しく微笑んだ。 そして。
『アニー・・・』 手を伸ばして、コチラの頭を。くしゃり。と、撫でた。
『じゃあ、行ってくる。今までありがとう』 『ちょ・・・っ。なんなのよ、待ちなさいよ』 わけがわかんなくて。 それでも、なんだかお別れを言われたということだけは、理解できて。 あたしはとっさに、ヤツのひらひらした服を掴もうとしたけれど。 瞬時の差で、アイツの姿は、ゲートの魔法に掻き消された・・・・・・ むなしく空を掴む、右手。 ぼんやりと、澱んだ空気のなかに立ちすくむ。 慣れた喧騒が、あたしから遠く離れたところで、ざわめいていて。 そして、やっと思い出していた。 いつだったか、アイツがわずかに語った、自らのこと。
―――僕には、殺しあうことを定められた、宿命の敵ってのが、いるんだ
『あ・・・』 ・・・行ってしまったんだ。 最後の最後まで。笑顔のまま。 優しく、微笑んで。
『・・・・・・なんなのよ』 くしゃり・・・と、あたしの髪を撫でて。 冷たく、突き放して。 ・・・たった、ひとりっきりで。
「バカ・・・・・・なんで、そんなに」 地面を見つめる視界に、人影が落ちかかる。 あたしの前にうまれた気配。 変わったデザインの、皮ブーツ。
「強い・・・の・・・・・・よ」 目に飛び込んできた、見覚えのあるそれが信じられなくて。恐る恐る、顔を上げる。
「アニー・・・」 アホみたいに派手な。その名を示す、真紅のローブ。 困ったように、はにかんだ笑顔。 ・・・・・・あたしの名を、呼ぶ声。
「ルージュっ」 「・・・・・・その・・・久しぶり。元気だった?」 あたまが真っ白になって。目の前のことが、とても現実とは思えなくて。 あたしはバカみたいに、そこにいるヤツを指差しながら、パクパクと口を開く。ああ、でもなんだ。どうしてか、何も言うことが思い浮かばない。
「あー、なんていうか・・・ジョーカーとの対決の件は、ごめん」 ばつが悪そうにヤツが言うのを聞いて、はっと我に返る。
「そうよっ。それよ、それッ。まったく、アンタが急にいなくなるもんだから、大変だったんだから。急遽2軍メンバーだったアセルスを鍛えなおして、連れて行こうとしたのに、白薔薇が『私はどこまでも、アセルス様のお供を致します』とか言い出して、付いてくるって言い張ったり・・・ルーファスはアンタがいない分、回復は自分自身でできるようにって、心術の道場に行かせようとしたり」 勢い込んでローブの胸倉を掴みあげて、思いっきり詰め寄る。 ルージュはというと、きょとん。と一瞬とぼけたような顔をすると。なにか、思い当たったように「ああ・・・そうか」と、ひとり納得したようだった。
「・・・・・・アンタ、なんかヘンよ。・・・なにかあった?そういえば、宿命の敵ってのはどうなったの」 いつもと様子が全く違うルージュを、不審に思って距離をとる。と、ヤツは困ったように髪をかき回した。
「そのことなんだけれど・・・なんと説明していいか。まあともかく、僕は宿命の敵たる僕の双子の兄を倒すことに成功したんだ」 「・・・」 ・・・コイツの敵って、兄弟だったのか。うわぁ、泥沼・・・
「それは。よかったんだけれど」 イヤ、よくないけど・・・まあ、コイツが死ななかったんだから、よしとするけど。
「僕が、ブルーを殺した瞬間・・・・・・僕らはひとつになったんだ」 「はぁ?」 ・・・・・・い、いや。ちょっと・・・あたし、ホモもゲイもこの町で散々見てきたから、否定するつもりは全くないけど・・・でも、さらに近親相姦ってのはどうよ。あー、もう。その、なんていうか。
「・・・・・・アニー。なんか、思いっきり間違ったこと考えてない?」 「へ・・・ええっ。な、なんのこと」 内心の動揺をすっかり見透かされて、思わず頬が熱くなる。金色の瞳が呆れたようにジッとコチラをにらんでいたが、やがてふっと視線をはずした。
「・・・ま、分かりにくいんだけど。死んだはずのブルー魂が、僕のカラダにすっと入ってきて・・・気がついたら、僕たちはひとりのニンゲンになっていたんだ」 「・・・・・・」 「術の能力も、感情も、記憶も。ルージュが体験したこと。ブルーが思ったこと。総てが合い混ざって・・・今の僕なんだ」 ・・・・・・なんていうか。 あまりに途方もなくて、あたしのバカなあたまじゃ。さっぱり、わからなくて・・・ 理解できずにあたまを抱え込んだあたしを、ルージュ(?)が困ったように見つめているのがわかる。
「ええと。つまり・・・アンタはルージュじゃないの?」 「・・・このカラダ自体は、もともとルージュのものだけれど。僕自身は、ルージュであってブルーでもある・・・けれど、ルージュだけではないし、ブルーという個でもないんだ」 「・・・」 「それで・・・」 すっかり混乱したあたしの目の前で。ルージュ+αは一瞬言いよどんで。ノドをひとつならすと、決心したように顔を上げた。
「君に・・・新しい名前をつけて欲しいんだ」 「は?」 猫みたいな、金の瞳にあたしのぽかん、とした顔が映る。
「今説明したように。僕はもうルージュではないし、ブルーでもない。新しく生まれ変わった一人の自分というものと向き合ったとき、新しい名前が必要だって、思ったんだ。そう考えたとき・・・君のことが浮かんだ」 「あ、あたし・・・が?」 こくん。と、ヤツが頷く。
「他の誰でもなく。君に、名付けて欲しい」 「・・・・・・」 そんなこと急に言われても。ああ、急に消えたかと思ったら、また急に現れて。しかも、生まれ変わったの、なんだのと。
「そ、そうねぇ。うーん・・・難しいな・・・・・・じゃあ、ヴィオレ・・・は?」 「・・・赤と青混ぜて、ヴィオレ(紫)・・・・・・そのもうちょっと、なんか」 その上、文句も多い。
「んー、ならば。あたしも大好き、みんな大好きクレジット」 「・・・・・・それはいくらなんでも」 全く持って、こんな男。
「・・・そうだ。『ルヴェル』ってのはどう?」 ―――目が離せないったら、ありゃしない。
「Le
vert・・・緑よ。ルージュでも、ブルーでもない。若葉と希望の色」 陽光降り注ぐ、草原の色。 そして、あたしの・・・一番好きな色。
「ルヴェル・・・か。うん、とてもステキだ。ありがとう・・・やっぱり、君に頼んでよかった」 かみ締めるように何度もつぶやいて。ルージュ・・・じゃなくて、ルヴェルはウレシそうに、満面の笑みを浮かべた。 その顔を見てしまったら。なんだか、ひとつになったとか、ルージュじゃなくなったとか。そんなことは、どうだってよくなった。 どうせ考えても分からないし。名前が変わった以外に、そんな本人が言うほどの違いがあるようにも、あたしには思えないし。
「ねえ、ルー・・・ルヴェル。アンタお役目は終わったんでしょう。これからどうすんのよ」 なんだかひとり新しい名前をつぶやいては、悦に入っていたアヤシイ男は、呼ばれてにこやかに返事した。
「ああ、そうなんだ。地獄の封印も済んだことだし、僕はやることがなくなったから。・・・これから、クーロンで商売でも始めようかと思って」 「って、やっぱりしたかったんか、商売」 「・・・別にそういう訳じゃないんだけど・・・でも、結構向いているような気がするんだ」 「イヤイヤ、マジにタダの気のせいだし」 しかたない。名付け親の責任ってのもあるし。 ほら、あたしって長女じゃん。面倒見がイイんだよね・・・姉御肌っていうの? こんな世間知らず。放っておけないじゃない。
「・・・アンタ。あたしと、コンビ組もうよ。パワーアップしたんでしょ?」 あたしの申し出に、驚いたように。一瞬、目を大きく開いて、ぽっかりと空白の3秒後、
「少なくとも、息切れはしないぐらいはね」 答えてヤツはいつものように、やさしく。そしてちょっぴり意味ありげに微笑んだ。
「じゃあ、決定。ヨロシク、相棒」 「うん。ヨロシク」 そして、あたしらは示し合わせたように。 ぱちん。 ハイタッチを、ひとつした。
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