その日もいつものように一日の報告書をまとめていた彼女の元に、パトロールを終えた同僚が脱いだ上着を左手に、すぐ外の自動販売機で買った缶コーヒーを右手に帰ってきた。
そこで彼女の姿に気がつくと、うっす、とコーヒーを持った片手を上げる。
彼女は書類から目を離すことなく、ただ淡々とそれに答える。
それもいつものことなので、彼は全く気にせず、正面の席にどさりと座り込んだ。
「おうドール、お疲れ」
「お疲れさま。随分早く片づいたのね」
「まあな。なにせ自ら墓穴を掘ったというか…まあ自首に近かったしよ」
「ああ、ファシナトゥールの未成年略取容疑の」
「あんの往生際の悪いロリコン野郎だよ!」
「妖魔達の中じゃ結構有名だったらしいわよそいつの趣味。なんでも若い女の子ばっかり100人近く集めてたとか」
「ひ、100人!?マジで!?なんちゅう羨ましい奴だ」
「まあ欲張り過ぎよね」
「同感だね。だから嫁さんに愛想尽かされるんだよあんにゃろう」
「あら、バツイチなの?」
「なんでもその最初の嫁さんのことが忘れられなくてハーレム作りに勤しんでたらしいぜ」
「意外と純情じゃない」
「ま、その嫁さんてのが見た目12歳で」
「前言撤回」
「いい加減にしろこのロリコン野郎!って切り裂くようなアッパー食らわしてた」
「自業自得ね」
「そっちはどうよ」
「まあ楽な仕事だったわよ。仕事自体はね」
「なんだそりゃ」
「途中でサイレンスとコットンが喧嘩しちゃって」
「おーおー今回はどうしたんだよ」
「ラビットの休暇のお土産の取り合い」
「あーあの温泉饅頭な!あれ結構美味かったよなあ」
「一人一つだっていうのにコットンの分がなかったらしいのよ。サイレンスは濡れ衣だって言うんだけど」
「どっちもアホだからなあ…コットンが食ったこと忘れたのか、サイレンスが食ったこと忘れたのか」
「ま、喧嘩両成敗ということで…どつきまわしといたわ」
「ドール怒らすなんて命知らずな奴らめ…」
「で、今救急室。もうすぐ戻ってくるんじゃないかしら」
「俺よりお前の方がよっぽどクレイジーヒューズだぜ」
「あなたも救急室に行きたいの?」
「滅相もないです」
「あ、帰ってきたわ。お帰りなさい」
「キュキュッキュウキュ」
「…」
「分かればいいのよ。数少ない同僚なんだから、これからも仲良く行きましょう?」
「災難だったなあお前ら。これに懲りたら俺のように即反省の心を持てよ」
「…」
「そうそう、大事なのは謙虚な気持ちだぜ!?な!?」
「キュウキュッキュキュウ!」
「そう怒らないのコットン。犯人見つけたらどつきまわしてあげるから」
「本機、総本部に帰還しました。皆さんお揃いですが何か事件発生しましたか」
「おうお疲れラビット。それが事件事件すっげえ大事件。コットンの饅頭が何者かに食われた」
「事件発生の場所、日にちとおおよその時間を教えてください」
「キュッキュッキュウキュキュキュ!」
「昨日午後9時以降、本日午前9時の間、場所はIRPO本部。了解しました。問題の時間のデータを再生します」
「うっそお前そんなこと出来んのかよ!」
「当本部は監視カメラが設置してあります。そのデータ管理も私の仕事です」
「凄いわラビット!それじゃあさっそくお願い」
「それでは前方の壁に映写開始します」
「…」
「…」
「…」
「…」
「レン隊員本部に帰還しましたー!…あれ?!どうしたんですかみんなでそんな恨みがましい目して」
「………ほんとにやるのか?ドール」
「ええ。言ったからには実行しないとね」
「あれ、ドールさんどうしたんですか?え、なんですか?なんでそんな拳握っ」
後輩の青年が最後まで言い終わるその前に、非情なるかな彼女の拳が青年の顎に容赦なくめりこんだ。
崩れ落ちる影。
拍手喝采で喜ぶ一匹のモンスターと一人の妖魔。
無機質に1秒02、新記録ですと伝える一台のメカ。
彼はぴゅうと口笛を吹きながら、昔は自分もよく食らっていたことを思い出した。
ああ若かりしあの頃。まだ自分はロスターと呼ばれていて、彼女はタリスと呼ばれていた新人隊員時代。
何も分かっちゃいなかった自分はこのアィシィドールにうっかりちょっかいをかけ、全治一週間の打撲を負った。
見舞いに来た彼女はこう言った。
『これでも手加減したんだけど』
…………思い出しただけで古傷が痛む気がする。ま、打撲なので今は綺麗に治っているのだが。
彼が過去のトラウマに苦しんでいる間にこういった自体になれているIRPOの救急隊が哀れな後輩を担架に乗せて去っていく。さらば、レン。
「じゃ、事件も一段落したことだし、食事にでも行きましょうか。何が食べたいか意見ある?」
「…」
「ホットケーキね。コットンは?」
「キュッキュウキュウウ」
「ハンバーガー?じゃ、いつものファーストフードレストランでいいわね。ラビットはどうする?」
「同伴します」
あまりに冷たいからドールと呼ばれた、そんな彼女も人と食事出来るくらいは暖かみを増したと彼は静かに考えた。昔は食事に誘っても帰ってくるのは否定の返事ばかりだったのに。それは悪い変化では決してない。
………例え3分ほど前にこぶし一つで表情一つ変えず大の男一人のしていたとしても。
「ヒューズ。行かないならおいていくわよ」
へいへいと返事を返し、全治3日の打撲を負った後輩のためにシェイクでも買ってってやろうと珍しく優しい気持ちになって、彼は思った。
おわり
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