ねえヌカさん、とつぶらな瞳をした生き物が口を開いた。
何度教えても名前を覚えようとしないこの生き物に間違いを正すように促すのを、彼はもう諦めていた。
彼の(恐ろしいことに)染みひとつない白衣のすそをねえねえと引っ張るその毛玉はあの頭の角ってなあに?ようまってみんなあんな?と首をかしげる。
あんなと言われてそちらを見なくてもわかる。
妖魔の中では1,2を争う実力の持ち主、指輪の君が素晴らしい素晴らしいと花火を盛大にあげているところであったから。この城崩れるんじゃねえのと誰かが言った。もう築何百年、この騒音と火薬に耐え続けてきたのだ。本当に崩れるかもしれない。それくらいでは怪我ひとつしないだろうが。




「あんなとはどういうことだ」

「角がぐわーって生えてたり、髪がうわーって長くてうねってたり、服がごーじゃす」

「まあ、違うとも言い切れない。力のある妖魔はああいったタイプが多い」



某薔薇の守護者で無慈悲な王である妖魔の君も確かに似たようなタイプではあった。
つまりぐわーっとしてうわーっとしてごーじゃす。
しかしそれ以上の共通点がそこには確かに存在する。



「妖魔というものはだな、クーン。複雑な心を持つほど、美しい外見をする。そして美しければ美しいほど、力もある」

「それってどういうこと?」

「内面が激しい憎悪や嫉妬にさらされていれば、美しくて強い」

「ってことは、すごーーーーく美人だと、おっかないくらい強くてとんでもなく性格がひんまがってるってことだね」

「まあ噛み砕いて言えばそういうことになるな」



その性格のひん曲がり具合が大体変態方向に突っ走るというのが最近の上級妖魔の傾向であった。
ロリコンに連携オタク、挙句の果てには露出狂、サディズム、マゾヒズム。上級妖魔にはろくなやつがいないなと手術マニアな自分のことは棚に上げて彼は思った。



それを聞いていたのは今の今まで指輪入手のため連携大会に参加していた男。
愛用の鉄パイプを肩にかけ、やれやれ、と首をならす。



「夢がねえなあ妖魔ってのは。美人で性格がよくてついでにスタイル抜群の女がいないときたもんだ」

「じゃあじゃあ!ヒューマンはびじんでせいかくがよくてすたいるばつぐんなの?」



その言葉にくるりと振り返り一斉に食いついたのはその場にいた男性陣。
目の前に繰り広げられる花火にもそろそろ飽きていたらしい。そりゃそうだ。かれこれ30分ほど続いている。しかもその間ずっと高笑いも込みだ。ここに下級妖魔がいればかの指輪の君が満足するまで頭をたれて『ありがたき幸せー』とやってなくてはならないが、幸いなるかな、ここには下級妖魔は一人しかいない。人魚の姿のその下級妖魔はありがたき幸せーと地べたにはいつくばっていた。はいつくばったままさきほどからぴくりともしないが。


…寝てるな、あれは。
なかなか図太くなったじゃないか、いい傾向であろう。


彼が一人うなずいている横で、皆が注目してくれたことが嬉しいのか笑顔でクーンがもう一度尋ねた。


「ヒューマンの女の人ってそんなすごいの?」

「ヒューマンだってそこまで完璧な人はそんなにいるもんじゃないと思うけどねえ」

「そんなことはないぞ!余の妻などそれはそれは気立てがよくて美しくあったものだ」

「王様の奥さんだろー?どんな骨太だかしらねえけど、そいつはちょっとなあ」

「余はもともと骨丸出しであったわけではないわい!」

「まあまあ王様、骨太はかなりの褒め言葉だ。人間骨は重要だと思う」

「おお、ありがとう青年よ」

「フェイオンってこういうとこいいやつだよね」

「本気で言ってると思うけどな」

「でもさあゲンさん、もしかすると美人で性格のいい妖魔ってのも一人くらいいるかもしれないよ?いいじゃん妖魔。不老不死だし」

「出会ったら最後一生美人だよゲンさん!」

「あーだめだめ、俺の会った妖魔ってのはどいつもこいつも細身だからなあ。俺はもう少し肉付きがいいほうがいいね。なあ、T260G」

「確かに脂肪を蓄えているほうが、防寒や衝撃吸収には適していると思われます。水中での作業の際も、脂肪分は浮力の面で重要といえます」

「よくわからんが賛同してくれてありがとうよ」

「どういたしまして」






わいわいと回りそっちのけで談義に花を咲かせる男性陣に『あんたたちそんなこと言ってるからちっともモテやしないのよ!』とメイレンが切り込んでいき、もはや収拾がつかないまで盛り上がっている仲間たちを、彼は目を細めて眺めた。
生き物とはなんとやかましく乱雑なものだろうか。
その昔、妖魔の君の城に仕えていたころにあったものは永遠とも思える静寂と、ほの暗く美しい風景だけであった。いやあれはあれでいろんなことはあったのだけれど。

しかし今目の前にあるものは、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるヒューマンとモンスターとメカの集団と、打ちあがり続ける花火、その下で平伏したまま時折いびきが聞こえる妖魔、そしてその周りを駆け回っているモンスター。

乱雑といわずに何という。





全くもって美しいなどとは程遠く、弱いものばかりが寄せ集まった集団がここにあった。








彼は苦笑いのような表情で、白衣のすそをはらう。
まだまだこの騒ぎは続きそうであった。
















「ねえヌカさん」

「なんだね」

「ごーじゃすじゃなくっても楽しいねえ」

「ああ、素晴らしかった!さあもう一度私に美しい連携を見せてくれ!褒美は何なりと与えよう!!」

「…ゴージャスでも楽しそうなのもいるがな」




そういえばクーン書いてないな!クーンはかわいいわね!と思ってたらいつのまにかヌカさんに全部持ってかれました。
妖魔が強い感情持ってるとうんぬんという情報を、裏解体真書で発見して、そういやヴァジュイールさんなんてそのまんまだなあ。THE★妖魔みたいな存在だなあと思いました(読書感想文)

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