そうび



クリスタルパレスに使者の役目を全うすべく現れたイスマス候の世継ぎだった青年は、憔悴しきった表情で、真実を述べた。
イスマス城がモンスターに急襲されたこと
父に命じられ姉と共にこの危機を知らせる為に城を脱出したこと
しかしそこでも魔物に襲われ、姉とははぐれてしまったこと
ここまでたどり着くまでに、不幸が重なりずいぶんと時間がかかってしまったこと

そして全ては遅すぎたということ。



臣下として城を守れず、使者の役割も果たせず、殿下の妻となるはずだった姉を救うことが出来ず。
申し訳御座いません申し訳御座いませんと涙を零すアルベルトに気を落とすなとナイトハルトは声をかけてやることしかできなかった。使命を果たしたことを労い、イスマス城には彼女の変わり果てた姿はなかったのだから希望を持てと言いながら、自分自身に言い聞かせていることに気がつく。彼女がそう簡単に冥府へ渡ってしまうなど、考えられない。あの、彼女が。水が怖いと言っては泣くアルベルトを崖から川に蹴り落としていた彼女が、魔物退治に行っては嬉々としてブラックスパルタンな彼女が。彼女にかかればデスだって泣いて謝るに違いない。そうであってくれお願いだから。



誰にともなく頭の中で懇願していると泣いていたアルベルトが殿下に渡さなくてはならないものがあるのですとすっとその場から立ちあがった



「殿下にお目にかかる前、一度イスマスに帰ったのです。もしかすると姉は、帰っているのではないかと。何事もなかったかのようにそこにいて、私の戻りが遅かったことを叱るのではないかと」


彼女は火がついたように怒り出すだろう。
その後に無事だったことを労うだろう。
その情景を目の前で見ているかのように鮮やかに想像して、少しだけ男は微笑む。


「しかし、姉の姿はどこにもなく、私はようやく現実を見た気がいたしました」



そう言って彼は顔を上げる。
どこか吹っ切れたような悲しい笑顔を浮かべ、殿下、これを、と手にしていたものを差し出した。



「姉の部屋に唯一残されていたものです。殿下がお持ちになる方が、姉も喜ぶでしょう」




手にしたそれに視線を落とし、ナイトハルトは考えた。
未来の義理の弟なりに気を遣ってくれたのだろうとは思う。
姉の遺品になるかもしれないものを、彼女の夫となるはずだった者に渡したのだろうと思う。
しかし、
いやしかし、
アルベルトよ








いくらなんでもこれはないだろう











アルベルトの明らかにずれているがしかし臣下として出来ることを考えての好意に、彼は逆らうことが出来ず。
そして必要なければ燃やしてくださいと言われ返すわけにもいかず、彼はいつまでもそれを握りしめていることしかできなかった。アルベルトがその部屋を去ったあとも、いつまでも。




なんであろうと、男には彼女のものを燃やすことなど出来るわけがなかった。
彼女の安否が知れるまで、彼女の代わりのようなものなのだから。









それが例え、どこまでも白く肌触りの滑らかな、絹の靴下だとしても。








その後、それは侍女でさえ入れることのない彼の自室のベッドの脇に飾られることとなった。
彼とその義理の弟しかその経緯と事情を知らず、それはいつまでもひっそりと、そこにあった。

















帰還した彼女がその事実に気がつくまでは。




姉さんのくつした!高級品!
殿下は握りしめて泣いているといいです。(どんな変態だ)