オーバースペック

寄り道に付き合って欲しいと真剣な表情でに彼は言われた。
おごりだという言葉と珍しさとが手伝い、一緒に下校した彼に、彼女は眉間に皺を寄せ、君は卒業後のことを考えているかと問うた。
何にも考えていなかった彼がただ正直に考えていませんと答えれば、彼女はそうか、と微笑み。

そして私は進学でも就職でもない道に進むかもしれない、とだけ呟いた。












てなことがあって、と応接間のソファーに腰掛け、青年は言った。
それに耳を傾けるのは最高学年の二人を除く少年少女達。
突然、全員集合!と声をかけられた彼らは今リーダーの言葉の一語一句聞き逃してなるものか、というくらい食いついていた。


「で、だ。俺全然わからなくて自分で納得がいくやりかたをしたほうがいいですよとか言ったんだけど。ふっと、気がついてさ。もしかしてなに?進学でも就職でもないってなに?婚約?結納?なにそれちょっとまって聞いてないよ」

「聞いてるけどお前が分かってなかったんだろ!」

「まったくもってその通りだ。順平もいいツッコミするなあ感動した」

「で、相手誰なのよ」

「関連企業の社長。二周りだか年上の中年男性。極め付けには生まれた直後に許婚」

「えっなに?!それって桐条先輩が生まれたときにすでにもういい大人ってことだろ!?」

「うっわ最悪。明らかに政略結婚」

「そういうの、ロリコンっていうんじゃないんですか?」

「天田に言われるとなんかこうキツいのは俺だけ?」

「大体どんな人なわけそれ。まあ明らかにお金目当てだろうけど」

「なんだかその話、ネットの噂で見たことあるよ。相手の人、やり手だけど手段を選ばないって」

「しかし美鶴さんに不満がなければ、成立する問題だと思いますが」

「アイちゃん、それは甘い」



アイギスの言葉に、リーダーの青年は首を振り



「桐条さん、悲しそうだったよ」



とだけ言った。
その言葉に後輩達は言葉をなくす。幼い頃からペルソナの研究とシャドウとの戦いに全てを注ぎ込んできた敬愛すべき先輩。このままでは命を懸けてニュクスと戦ったとして、そして平和になったとして、待っているのが不幸ではやりきれない。
しかしなにも自分達は出来ないという無力感に寮が包まれた。








そこへタイミング良くか悪くか帰ってきたのはこの場にいなかった一人。
手に夕飯らしきビニール袋を下げ、ただいま、と寮の重たい戸を開ける。
その途端飛んでくるお帰りなさいの言葉と突き刺さる6対の視線。

彼は驚いたように瞬きをし、もう一度ただいま、と声を発すると不思議そうに尋ねた。


「そんなに食べたいなら、買ってくるが」

「先輩!こんなときになにやってるんですか!?」

「飯なんか食べてる場合じゃないですよどうするんですか!?」

「好きでもない人と結婚させられちゃうかもしれないんですよ!?」

「一人の女性の幸せがかかってるんですよ!?」


はあ?誰が?誰と?何のために?
彼が当然の疑問を発すると、しまった慌てすぎて主語も述語もなかったと後輩達は頭を寄せ合い、誰がなんてどのように伝えるかについて即席の会議を開始する。お前から言えよリーダーお前が聞いてきたんだろ!ヘタに刺激してキレたらいやじゃないか。意外と「ああ、そうなのか」とか割り切っちゃいそうじゃない?それされたらわたしショックだな…。



後輩達の必死の形相を面白そうにしばらく眺め、今日は変なことばかり起こるな、と彼は呟いてソファーのすみに腰を下ろした。
変なこととはなんですか、と尋ねたアイギスに、彼はなんでもないことのように答えてやった。

今寮の前でスーツの集団に囲まれてお前は桐条美鶴のなんなんだ、と聞かれたんだ。何だと言われても困るだろう?だから美鶴にとっての俺の存在は知らんが、俺にとっては必要だと答えたら、会社のために死ねだのなんだの急に襲い掛かってきてなあ。雑魚だったから心配することはないが、お前らも気をつけろよ?




何事もなかったのようにそれだけ言うと、彼は夕飯の準備に取り掛かる。
後輩達は再び顔を見合わせた。
それって。それってさ。もしかして。もしかしなくても。




命狙われたよね?真田先輩。
















次の日、美鶴を寄り道に誘ったリーダーの青年は、昨日あった事実を彼女に話した。
作戦会議の結果多少の誇張は混ぜ、身振り手振りも織り込んで話をすれば見る見るうちに彼女の顔色は変わった。
まあ、その婚約者が手を出してきたと断言はできないですけど、と青年は締めくくったが彼女の耳には最早届いていなかった。

前々から気に食わないと思っていたが、よもやそこまで腐っているとは思わなかった。
会社のため、グループのためと思ってあの頭の悪い男を泳がせて置いたが、明彦に手を出したとなれば容赦はしない。





「処刑だな」




地獄の底から響く低音。




「嫁に出来るものならしてみるがいい。地獄を見せてくれる」












後輩は麗しき女の呪詛を耳にして、
そして今日は用事を思い出したから先に帰っていてくれときびすを返した彼女の背を目にして。
満足げに肯いた。

ああ、やはり女帝はこうでなくては。








桐条先輩のコミュランクを上げると出てくるらしいひとでひとつ。
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