等価交換

普段であればとても口にしないと思われる、しかし明彦にとっては定番の夕食を美鶴はとても美味そうに口に運んでいた。ほぼ空に近い冷蔵庫の冷凍室にどうにか残っていた肉と今日たまたま買い足した玉子で作ったありあわせだが、大変お気に召した様子である。最近家にあまり帰ってこれなかったこともあり、残りはピーマン半分と冷凍豚肉くらいのものである。明彦はコップに水を注ぎ、広くもないテーブルに置いた。そのまま黙って美鶴の正面の椅子を引き、腰を下ろす。テレビは電源を落としており、部屋はどこまでも静かであった。

家に帰ったら玄関の前にアパートの前の狭い路地を通るには大変苦労したであろう排気量の単車と、それを堂々とアパートの共用駐車場に止めて腕を組む美鶴がおり、やあなどと声をかけてくるとは誰が思おうか。このあたりの担当の人間から「最近お前の家の周り改造車が走り回ってるっていう話なんだ。見つけたら教えてくれよ」などと言われていることなど彼女は露ほども知らないのであろう。すみません先輩。改造車の持ち主は自分の知り合いです。しかしこの改造車は法律的に違反する改造は(おそらく)していないし、ナンバープレートも正規のもので赤信号では白線手前にきっちり止まる優良ドライバーが運転しているのでどうにかお目こぼしいただけないだろうか。そもそも、美鶴はどうしていつも自分を待ち構えているのだろうか。自分などよりずっと思慮深く慎重な彼女は、何を思ったか突然何の相談も脈絡も啓示もなく突然行動を起こすことが多々あった。結果、何をしたかったのか判明したことのほうが少ないのである。

今日はどうしたんだ、と尋ねればたまたま通りかかったから、とのことであった。
久しぶりにバイクに乗る機会があってな。お前の住居も見てみたいと思っていたところだったし、となんでもなさそうに答える美鶴に明彦は流石に呆れた。あのな、美鶴。今日はたまたま早く帰れたが、その日中に帰れることのほうが少ないし、泊まり込みで帰ってこれないこともあるんだぞ。そういう時だったらどうするんだ。お前だって暇じゃないだろう。

だから、次からは連絡しろと続けようとした言葉はそれもそうだな、という一言に遮られた。
お前の言うとおりだ、明彦。
そして、続けた。

「お前さえよければこの部屋の鍵を作ろう。上がらせてもらえれば問題ないな」

私もこのあたりの住人に不審人物だと思われたくないからな。ああ、いい。お前が帰ってこなくても気にしないから。
大体、私の家は人が多すぎるんだ全く。昔は全く気にならなかったんだが一度家を出るとだめだな。なんやかんやと鬱陶しいし、食事も見た目だけ豪華な味気ないものばかりなんだ。その点ここはいい。気に入った。
よほど実家での生活に辟易しているのであろういつもより言葉数の多い美鶴を眺め、それはなによりだとコメントを返した。毎日来られるとなると食べるものがほとんど常備されていないこの家で今日のようにもてなすことは出来ないのでどうしてものかと思ったが、どうせ自分はあまり家にいないのだ、その間美鶴の隠れ家になるのであれば問題ないだろう。戸締りもきちんとするつもりであるようだし。

鍵を作らなくてもどこかに合い鍵があったはずだ、と備え付けの引き出しのほうに視線をやれば美鶴は奇麗に食べ終わった食器を置き、ごちそうさまと宣言してから明彦に言った。


「貰ってばかりでは不公平だ。お前も何か欲しいものがあれば言ってくれ」


等価交換だと静かに微笑む美鶴に、お前は変なところ律儀だなと明彦は笑った。ああ、そういえばキャベツがないな。明日の夕飯にしようと思ってたんだがと明彦が半分呟きのような言葉を発せば、美鶴は呆れるどころか納得しきった様子で肯いた。そうだな、貴重な食料を私が消費してしまったんだ。責任はとらんといかんな。


「任せろ。どの産地の銘柄を希望する?」


そのあまりに真面目くさった表情に再び明彦は歯を見せて笑った。ああ、明日あたりスーパーでひとつ98円のそれとは比べ物にならない野菜が山ほど届くのであろう。今のうちに釘を刺しておかないといけない。1人暮らしで消費できる野菜の量と言うのはお前が思っているよりもはるかの少ないのだということを。








=
企画用と思って書きだしたら、あまりに妄想が酷かったので却下したもの。まわりのツッコミがないとこの二人のズレっぷりが修正できません。なんでこんなズレてるの!(二人のファンに謝れ)(ごめんなさい)
最終イメージとしては真田くんが仕事から帰ってきたらおかえりーとかいってアイス食べて本読んでる桐条さんが待ってるイメージ。あれ、それって楽園じゃないか?(大妄想)

template by NAUGHT