下準備


荒垣先生、一つ耳にはさんでおいていただきたいことが。突然部屋に侵入してきたリーダーを務める少女はびしりと床に正座してみせた。曲がりなりにも男の部屋にあがりこむとは何事かと持ち前のお節介焼きを発動する直前にリーダーは愛用の獲物を自身の膝の先の床に置き、彼を見上げた。突き刺さるような視線に思わず言葉を飲み込めば、私とて武士のはしくれ、嫌がる異性に無理やり迫ったりはしませぬ。我が相棒を境界線としてこれ以上近寄りはしませんのでご安心をとのこと。


「信じるも信じないもご自由ですが、私からアドバイスがいくつかありまして参上した次第でございます」

「なんなんだよその喋り方はよ」

「いや、こっちのほうが雰囲気出るかと思ったんです。いいですか荒垣さん。明日は12時前に出かけると思うんですがきちんとコートを着込んでこの間発見された時計を持って行くようにしてくださいね。できれば待ち合わせ場所を変えるのが一番安全ですが、そうもいかないでしょうからね、これもついでに装備していっていただけるとまだマシですどうぞ」

「…なんだ、これ」

「手作り防弾チョッキです。合成素材は桃缶、パイン缶、みかん缶」

「潰れた空き缶が挟まった腹巻にしか見えねえんだが」

「プレゼントします。どうぞ」

「これを俺に装備しろってのかよ」

「理解が早い」


いつにも増して淡々とわけのわからないことをのたまう年下の少女は、相変わらずにこりともせずやはり淡々と続けた。


「あなたには戦力的に早めの復活を希望してるんです」


怪我は小さいほうがいいでしょう?
当然でしょうとでも言わんばかりの堂々とした態度で彼女ははっきりと言った。こいつどこまで何を分かって喋ってやがる、という驚きを無理やり飲み下し、人を勝手に殺すなよと睨みつけるも彼女に効果があるとは思えなかった。全く気にした様子もなく、逆に視線を真っ直ぐ弾き返された。いいですか荒垣さん。あなたが勝手にぐれようが罪滅ぼそうが思い悩もうがそんなことは知ったこっちゃないんです。大体あなたは守るだの守らないだのと格好いいこと言っちゃって一番大切なことをしてないんですよ私が考えるに。分かりますか?お手上げ侍?私の考えはこうです。あなたは過去に不可抗力でまずいことをしたのでしょう。その相手にまずは謝らないといけないのでは。
まあ、それはともかく。一方的に言うだけ言って、彼女は正座していたその姿勢から急に立ち上がり、ま、あなたは死にませんと宣言した。


「は?」

「私が守るもの。嘘です。貴方の持ち前のしぶとさが死神を弾き返します」


人間人生で一番いいところで死ぬのが幸せなんて誰が言ったんですかね。勝手に一番なんて決めないで欲しいものですね。ではごきげんよう。ちゃんと明日は装備を整えてあったかくしてお出かけ下さいね。





そのまま振り返らずに部屋を去っていくリーダーの背中を、圧倒的な濁流に飲み込まれたこの部屋の主は言葉も掛けずに見送った。今までもどこかぼんやりとして何を考えているか分からない後輩であった。敵に総攻撃を食らわすときでさえ眉ひとつ動かさず総攻撃と死の宣告を発する彼女がなにかに怒っているらしいところまでは彼には読み取ることができたが、それ以上は付き合いの短い彼には分らなかった。恐らく、この寮にいる人間は誰も理解できないであろうが。
簡単に死なせちゃもらえねえのかよ、と手作りの防具を持ち上げてみれば中からタオルにくるまれた鈍く光る金の色。失くしたはずの時計を握り、あいつは本当になんなんだと一人ごちた。



「…ここまで来るとすげえ怖ぇ」











「そんなに感謝してもらえるとは恐縮です」

「なんでドアの前に張り付いてるんだよ!」







缶詰の鎧でナイフから身を守るのは名作タイムリープより。
かなり未来が見えてしまっている上に打算的な女の子主人公。(コミュを満タンにするために効率的に動くタイプ)
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