まるで人間のようだ

その時、少女(の姿をしたもの)は困り果てていた。その脳内(という名の組み立てられた思考回路)は今突然現れた人物に支配されていたからである。











それに対し彼(と彼女に呼ばれるもの)も困り果てていた。学校(という名の彼らに課せられた仕事)を終え帰宅した彼女はなにはなくとも真っ直ぐ自分のところへやってきた。そして相談に乗って欲しいというのである。
彼はこれまで幾度も彼女に食事の質を改善して欲しいだとか、今日は誰かに散歩にいってはくれないものか交渉して欲しいだとかの相談に乗ってもらっていたため快くその仕事を引き受けた。しかし彼女は悲しいような辛いようなとにかく苦しそうな表情で彼に言葉を零すだけで本質を語ろうとはしなかった。本質を語ろうにも語れない、が正解かもしれないが。

少女(の姿をしたもの、便宜的に以下少女と略す。彼にとって人も人でないものも意思疎通ができるのであればそれはすべからく生き物である)は複雑な表情でその場にしゃがみこみ、彼に視線を合わせて気になる人がいるのです、と言葉を発した。詳しく話を聞く。


よれば、学校に転校生(他所から自分達のお勤め場所へ移ってきた人物)がいるらしい。
その人物が、彼女の思考のどこかを刺激するらしい。
刺激された結果、その人物は"ダメ"らしい。
しかしその人物は一般的に見ればステータス"女好き"所持の普通の青年らしい。
ダメだといっているにも関わらず、彼女にしょっちゅう声をかけてくるらしい。
結局なにがダメなのか答えが出ないらしい。
それが気になって気になってしょうがなく、何事にも手がつかないらしい。
その姿が目に入った途端、視線を外すことができないらしい。


それはお前さん、恋愛感情ではないのかと彼は思った。思ったのだが「私のセンサーがどこか故障しているのでしょうか。根拠なく人を"ダメ"などと言いたくないであります。そもそも"ダメ"などという非常に曖昧な表現をしたくないのですが、ほかに言い表しようがないのです」などと悲痛な顔で言われてしまえばそのような軽口が叩ける雰囲気ではない。
これはもう自分を壊すか相手を消すかのどちらかしかありませんか、と青い目で見つめられ、彼はとりあえずしばらく様子見でいるように、とのアドバイスをするしかなかった。その人物を見てみないことには分からない。とにかく、早まらないように、と彼は答えた。
彼女はそれしかありませんね、と真剣な顔で肯いた。
















やあアイギスさん、良い夜だね。とこの世の全てを喜びに変換しているような笑顔で、青年が手を振った。千切れんばかりに。ああご馳走を貰った自分でもあそこまで尾を振ることもあるまい、それくらいの勢いで。もちろんそれに対する彼女の態度は真逆そのもので、いつでも指に装備された銃弾をはじき出せるように半歩左足を下げて青年を出迎えた。言葉はこんばんは、綾時さん、以上。
ああやめておくれよお嬢さん。自分と散歩に来たついでに討伐開始みたいなことは。



こんな月が綺麗な日に君という綺麗な人に逢えるだなんて、僕はとってもついてるよ。世の中全てに感謝したいな。

そういうものですか。

僕にとってはそういうものだね。



凍るような視線を送られても青年は全くめげる態度を見せず、輝く笑顔のまま足元の自分に視線を移した。あれ、と疑問を抱く。始めてこの青年と出会ったが、何がダメなのかこれでますます分からなくなった。ただの感情の螺子が壊れたように溢れかえる青年である。しかも、彼の身にまとう空気はダメというよりも、彼女が慕う戦いのリーダーが持っているそれに似ている。慕いこそすれ、なにが駄目なのか。
その場に腰を下ろし、首を傾げて青年の目を真っ直ぐ見返していた自分に、青年は手を伸ばしかけ、君に触れてもいいかな?と尋ねた。



不思議そうな顔だねえアイギスさん。

あなたが好きなのは人間の女性だけだと思っていますから。

それはちょっとはずれだね。僕は生きるもの全てを好きなんだよ。



この世にあるものは全て愛してるんだとも、もちろんアイギスさんもね。むしろアイギスさんが一番ってことでどう?と続けたがその愛を向ける相手の表情は全く動かなかった。




やっぱりお嬢さん、それは愛というものなんじゃないのかなあ。普通の愛情とは違うかもしれないけれどと彼は思ったが、やはり彼女に言うのはやめておいた。万が一怒り狂った彼女から発せられるレーザー光線だとかビームだとかに焼ききられるのはごめんこうむりたかったからである。








その後、同じく相談を受け、自分と同じ感想を持ち、うっかり口に出してしまった戦友の一人がレーザー光線にて毛髪を焼ききられそうになったという話である。(どうせ燃やすならこの鬱陶しい前髪のところだけにしてくれだとか叫んだとか。鬱陶しいなら切ればいいのに)












かくして、少女はまだ困り果てている。その脳内は未だ突然現れた人物に支配されているのであろう。
きっとそのうち、今の態度を後悔してあの時彼の求愛行動に対し、ああ優しい微笑で返せばよかったんだわ、こんな簡単なことだったなんて!なんていうに違いない、と彼は応接間にうつぶせる。
人間の思考回路というのは無駄に複雑にできているものだなあ、と思いつつ。
まあ彼女は自分が人間であることを否定するのだろうけども。











このままパラレルでうっかり人間になっちゃってツンでデレでラブでコメになればいいのに!という凄まじい妄想。
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