白いシャツ着て
涙を拭いて


甥っ子の弟子(なんの弟子なのだかは彼は知らない)だというその金髪の青年はいつものへらへらとした笑顔やふわふわと落ち着きなく動き回るその動作のすべてを封印し、お邪魔しますという言葉とともに丁寧に靴を脱いだかと思えばその場でがばりと地に這いつくばった。

これには警官として長年勤めて奇人変人を沢山見てきた男も言葉を失った。病気か、なにか持病持ちなのか。男が思わず大丈夫かと声をかければ青年は這いつくばったままパパさん!と発声。そのまま勢い良く顔を上げ、僕を御嬢さんのものにしてください!と大変必死な懇願をした。耳を劈くその必死な絶叫に男は一瞬意識を飛ばしかけ、その隙に青年は畳み掛けるように猛ラッシュを繰り出した。僕にはリョウシンがいないのでパパさんと同居ってことで僕は大賛成なのです!人数は多いほうが楽しいね。瞳とは言わず全身からキラキラと星屑と飛ばして笑う青年のうしろで、いつの間にかそこにいた娘がそうだよね、と幼いころから変らぬ笑顔を浮かべていた。お父さん、一人じゃ暮らしていけないよ。ご飯も作れないし洗濯もできないし。ええい笑顔で言えば許されるわけじゃないぞ菜々子。これでもお父さんはコーヒーを入れる以外のことができるようになったんだぞ。パンを焼いて米を炊くくらいは。

というわけで僕はナナちゃんの持ち物になります。僕はナナちゃんの標準装備なのでパパさんも困ったことがあったらなんでも言ってほしいな。こう見えて手先が器用なので日曜大工も得意です。モノの修理も得意です。専門は眼鏡だけど時計もいけます。あと特技は品だしと棚卸。カップめん並べと風船配りも年季入っております。あなたのクマをどうぞ御贔屓に。ちょっと、待て?ちょっと待て?なんだ?どういうことだ?話を総合すると、一体どうなる?まさか?!解答が出かけたところに再度中断が入る。なぜか庭の引き戸から侵入してきた彼の甥っ子は、ちょっと待ったクマ!こちとら20年近く前に菜々子ちゃんに"お兄ちゃんのおよめさんになる"告白うけてるんだからお前の宣言は無効だ!と断言した。えっそんな!でもいくらセンセイと言えどこればっかりは譲れないクマ!良くぞ言った!その言葉が聞きたかった!あれ、どうしましたおとうさん。大事な一人娘の大事な話をしているというのにそんなぽかんとした顔をして。さあこの勇気ある若者に答えをあげてください!ぽかんとするだろういくらなんでも。大体久しぶりの再会だというのに挨拶ひとつないのかお前は。

口のはさみどころを無くした男はただただ沈黙を守り通した。娘の輝かしい笑顔を見れば不幸なわけではないのであろうということくらい彼にもわかる。今でも3日に1日くらいの割合で夕飯時にこの青年は我が家にいる。今とそんなに変らないではないか。この青年が大変気のいい、そして勤勉であることも良く知っている。娘のことは娘の問題である。娘の幸せにけちをつけるなど、例え父親でもしてはならないのである。例えその相手が年齢不詳出身地不詳職業ジュネスのマスコットであろうとも。

土下座姿勢から正座姿勢に体勢を変え、心配そうに男を見上げる青年に、彼はゆっくりとうなずいて見せた。










「おめでとうクマ!」

「ありがとうセンセイ!」

「結婚祝い何が欲しい!?」

「ニッポンコクセキ!」

「それより戸籍じゃないか?」

「やっぱりお前ちょっと待て」















いたるところで「クマ戸籍ないけど働けるもんなの?」という意見を読みまして、「あっこいつ日本人どころか人間じゃなかった!」とはたと気がつきました(遅い)。10年後ぐらい高濃度妄想です。

追記:10年じゃななちゃんまだ女子高生じゃないか(自分に)
こっそり修正。
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