私の科学的空想記


どうしてこうなった、と青年は痛む背中と腰を押さえることもできずただただ呻いた。
飲みに行きました。場所は沖奈の飲み屋のちょっとした個室です。一緒に行ったのは同級生の友人です。なぜならご飯に行こうと誘われたからです。彼女はそこまで飲んでいたようには見えませんでした。但し、量飲んでなくてもヤバげなのいってましたウォッカとかテキーラとかジンとかああいう濃すぎまくるやつを。やつはついさっきまで、ほんの数十秒前まで顔色ひとつ変えないで自分の正面で飲んでいたのであります。但し、いつもよりもびっくりするくらい静かであったのは確か。上司にお見合い勧められたなんてこぼしていたので、いいんじゃねえの話の種になどと返してみたところ突然目が据わり、襟首を掴まれるという有様であります。く、食われる。これは性的な意味ではなく頭からむしゃむしゃいかれる意味で食われる!止めなかった俺にも責任はあるっちゃあるんだけど!
飲み込みきれなかった悲鳴をあげて座り込んだまま後ろにずるずると逃げようとしてはみたものの相手もさるもの、一息に間合いをつめて靴下も半ば脱げかけの右足を力強く掴まれ引っ張られる。その勢いですてんと綺麗なフォームを描いて床に引き倒されてマウントポジションをとられるという有様であります。って言うか俺、何回こんな目にあわされてる?サシで飲むたびこんな目にあってない俺?って言うかなんでいちいちマウントポジション取りたがるの里中さん?


「な、なあ里中?俺なんか今地雷踏んだ?ねえ俺なんか起爆した?」
「どうせねえ」
「な、なになに?」
「どうせ私は女を捨てた肉食獣ですよお」
「えっおま、なんでまたそんな黒歴史思い出しちゃったの!」
「絶対にそうじゃないって言い切れないから忘れられないんだもん!」
「いやそこは言い切ろうよ!?もっと自分に自信持とうよ!?」


首根っこを掴まれて力任せに引き寄せられその恐ろしい眼力を持つ顔が目前に近づく。ああ、こうなったならしょうがない。いつものようになされるがまま相手が飽きるかくたびれるまでヘッドシェイクされるしかない、諦めて両腕を頭の後ろで組んで無抵抗であることを態度で示そうとしたところ、眼前の丸い瞳がどこかぼやけていることを発見する。うっすらとした透明な、揺れる薄い水の膜。一瞬本当になんのことだか分からずにじっとそれを見つめてしまって、そしてその貯水量がみるみる増加していくのを呆然と眺めて、ようやく、ようやく気がついて酔いがすっ飛んだ。そりゃすっ飛ぶよ、しょうがないよ!ああ、なんということでしょう。お見合い・女・肉食獣。点と点が繋がった。里中さん、なにか、言われたのね?里中なら大丈夫だろうと女の子に言ったら余裕でセクシャルなハラスメントになるようなことを心無い人たちに言われちゃったわけね?もう随分昔になる学生時代に一方的につけられた煽り文句を思い出してしまうくらいには傷ついたのね?
ここはどうしたものかと動揺して仕事をしない頭を回転させる。励ます?慰める?同情する?…ああもうどうにでもなれ!
頭の後ろで組んだままだった手をがばりと外し、両手で目の前の頬を挟んでこちらを向かせ真直ぐその目を見返した。その勢いで溜まっていた水分がぱらぱらと胸元に落ちるのには気がつかないふりをすることにする。それを指摘しない程度には、俺も大人になったんだよ、里中。





「里中はケモノじゃない、立派なニンゲンだよ」




大真面目な顔して一語一句ゆっくりと仰々しく言い放てば、目の前の"立派な人間"は一瞬面食らって瞬きを繰り返していたが、ようやく言葉の意味を脳に吸収させたらしい。怒り狂ったような噴出しそうなだけれども泣き出しそうな酔っ払い特有のぐちゃぐちゃな表情で彼女は咆哮した。



「問題はそこじゃないっつうの!」



人間なのは分かってるっつうの!っていうかその前提条件まで崩されたらあたしっていったい何なの!?花村の!花村のくせに!!そのまま当初の想定どおり頭をがくがくとゆすぶられ、自分の選択肢が間違っていなかったことを青年は確信した。まあ大正解でもないだろうですけど。こんな状態で高感度アップ大の大正解選択肢を迷わず選べるのは我らがリーダーだけでしょうよ。全然うらやましくなんかねえぞあのジゴロ。ああでもこれでいつもの里中さんですね、良かった良かった。しかしそう思い切り揺らされると真面目に吐くから手加減してくれないですか。ああもう俺ここで今死んだら死因はなんなの。弱肉強食?食物連鎖?
早く店員さん注文取りに来て、でもって俺を助けてと完全に自ら抵抗することは諦めて青年は思う。
生きて帰ったら俺宅飲みにするんだ、次に里中とサシで飲むときはと朦朧とした意識の中でしっかりとフラグを立てながら。










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マヨナカアリーナを遊んだ結果こういう結論が出た。
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