無防備にさらされた肌の上を雫が一つ、つたって落ちた。
降り注ぐ木漏れ日によって微かに輝いたその軌道を見るともなしにみつめる。
金に彩られた髪は濡れ、翡翠色の瞳は悩ましげに伏せられておりどこか艶めかしい。
茫洋とした様子であるのになぜだか強烈な色気を発しているかのようで。
森にある湖の中に立ち尽くすその姿はその場にとって異質なものであり、またひどく美しいと思えた。
それはまるで、一枚の絵画のようでもある。
だが、絵画は喋らないし笑わない。
その点において目の前の人物は絵画よりも目に楽しいということになるのだろうか。
そこまで考えて、しかし一番の問題に思い当たって嘆息した。
「男の体を見てものう…」
「つーかじろじろ見てんなよ!頼むから!!」
季節外れの水浴びを決行しているナッシュの叫びは微妙に泣き声交じりだった。
それを聞いたシエラはもう一度嘆息して、その場を離れた。
『彼と彼女のtemptation』
「…そもそも誰のせいで水浴びなんかしなきゃならなくなったと思ってるんだよ」
微妙に疲れた顔でシエラの元に戻ってきたナッシュは半眼でそう言った。恨みがましい口調に聞こえるのは気のせいではないだろう。
まだ少し濡れている髪を拭きながら目の前に座ってうとうとしていた始祖様をナッシュが睨みつけると、大儀そうにシエラは目を開いた。真紅の瞳が射抜くようにナッシュを見る。
「そんなことわらわの知ったことではないわ。おんしの不注意じゃろう?」
ばっさりと切り捨てられた言葉にナッシュはぐっとつまった。悔しそうに顔を歪めるがそれ以上反論の言葉が出ないのは、おそらく言っても無駄であると短くはない付き合いの中で悟ったからだろう。
例え自分が彼女を庇うために泥の上で転んでしまったとしても、自分の不注意としてあまんじて受け入れるしかないのだ。惚れた弱みというヤツである。
情けない表情でため息をついたナッシュをつまらなさそうに横目で見ていたシエラは、ふと思いついたようにある一点を見据えた。
その視線を感じてナッシュが俯いていた顔を上げると、じろじろとこちらを見る
シエラと目が合い動揺する。
「な、なんだよさっきからじろじろと!」
「おんしは思いの外着痩せするタイプなんじゃな」
「…は?」
なるほど、と一人で勝手に納得している始祖様の様子にナッシュは目が点になった。
そこでようやく先ほど見られた自分の体について言われていることに思い当たり、一気に顔が赤くなる。
確かにナッシュは貴族のお坊ちゃん然とした見た目にそぐわない鍛えられた体つきをしていた。それもこれもラトキエ家の一風変わった教育方針の賜物なのだが、恥ずかしいものは恥ずかしい。しかも相手がシエラとなるとなおのことだ。
ナッシュのそんな様子を見てシエラはさらにおかしそうに笑った。
「なんじゃ、照れておるのか?意外と愛い奴よのう」
ころころと笑い転げるシエラに、ナッシュは反論出来ずに黙り込む。
からかわれているのはわかるのだが口喧嘩では――というか口喧嘩でも分が悪い。基本的に始祖様にケンカを売って勝てたためしはないのだ。
そう思ったナッシュは無言の仏頂面で無視を決め込もうとしていたのだが、次の彼女の台詞に固まってしまった。
「安心せい。今更男の裸の一つや二つ見たところでどうということはないわ」
自称乙女の台詞とも思えないが、彼女はたまにこういう人を子供扱いするような言い回しをする。ほぼナッシュ限定ではあったが。
しかし言われたナッシュにとっては聞き流せない内容だ。暗に「お前は子供だ」と言われているような気になるのである。
ナッシュがむっとした雰囲気が伝わったのか、シエラは彼に視線を合わせて口の端をつり上げた。
――明らかに挑発されている。
そうと自覚した次の瞬間、ナッシュの体は自然に動いていた。
二人分ほど空いていた距離を詰め、シエラの腕をつかんで引き寄せる。
見た目どおり体重の軽い彼女はほとんど力を入れなくても簡単にこちらに倒れてくる。
そこに腕を回し、がっちりと抱きしめてから至近距離で瞳を合わせた。
ほんの少し驚いた色を宿した紅い瞳に映った自分の表情が、思ったより冷静に見えたことにナッシュは心の中で安堵した。
「…どういうつもりじゃ?」
眉をひそめて問うシエラに、ナッシュは先ほど彼女にされたように口の端を上げて笑ってみせた。
せいぜいふてぶてしく見えればいいが、と思いながら。
「今更どうってことないんだろ?」
からかわれたことの意趣返しのつもりでやったことだったのだが、ナッシュは微妙に焦りを覚えつつもあった。
間近で見る真紅の瞳はまさに吸い込まれそうな色合いで、白磁の肌は美しく、銀に光る髪が自分の頬をかすめている。
それになにより、彼女を抱きしめているというこの状況。自分の理性がはたして持つのだろうかと少し心配になったのだ。
思ったよりも小さく、そして柔らかい彼女の感触にくらくらと眩暈がする。いい香りがするのは女性だからなのかシエラだからなのか。ナッシュには判別がつかなかった。
早いところ怒るかどうかしてくれ、と半ば投げやりに考える。
この状態から抜け出したいような、いっそこのままどうにかなってしまいたいような、そんな葛藤をナッシュがしていた時だった。
「…そうさのう」
何かを含んだような口調で言うなり、どん、と胸を押される。
その方向の攻撃は予想しておらず、ナッシュはあっさりと仰向けにひっくり返った。
「な…!?」
慌てて体を起こそうとしたところ、腹の上あたりに体重がかかる。
ぎょっとして見ると自分の上に馬乗りになったシエラが見下ろすようにして微笑んでいた。
その常にない艶っぽい表情にぞくっとするような感じを覚えてナッシュは微かに身震いをした。
一方シエラは嫣然と微笑んだまま、白い指をナッシュの体に走らせる。
「――ッ!!??」
薄衣を一枚身につけただけなのがまずかったのか、指先はたやすく彼の肌に直接触れていた。
声にならない声を上げたナッシュを面白そうに見ながらシエラは赤い唇をゆっくりと開く。
まるで――誘うように。
「確かにどうということはないが…ここまで熱心に誘われてはのう」
指先は無数の薄い傷痕をなぞるように滑っていく。ぞくぞくとした感触が電撃のように身体を突き抜けた。
同時に囁くように耳元で言われたシエラの言葉が甘く痺れさせる薬のようにナッシュの頭に響く。
くすくすと笑う声すらも心地よいと感じる自分がいた。
(いっそ、このまま、どうにかなってしまいたいよ う な )
ナッシュは、彼女の吐息が近づくのを感じて目を閉じた。
違和感を感じたのはどちらが先だったのか。
「…おや?」
声を上げたのはシエラだった。
言葉が発されてからの間と、なかなかやってこない唇の感触に痺れを切らしてナッシュが目を開く。
そして――気づいた。
「……おんし、元気だのう」
ほんの少しだけ呆れた声音で言われた言葉に一瞬固まったナッシュは、次の瞬間ものすごい勢いで上に乗ったシエラを跳ね飛ばして飛び起きた。
いつもなら文句の一つも言うはずのシエラもこの時ばかりは何も言わず、そのまま全力で走り去るナッシュの後ろ姿を黙って見送った。
さすがに耳まで真っ赤だったことは言わないでおいてやろうと慈悲を出す。
「しかしまぁ…」
と、口にしてからシエラは堪えきれずに吹き出した。
そして笑い続けて涙目になった後、誰に言うともなしに呟く。
「一緒におって退屈はせんのう…」
そう言ってふっと口元を緩め優しそうな表情で微笑んだシエラは、無意識のうちに自分の腕を触っていた。
――腕をつかまれた時、熱を持ったように感じたなどと言えばあの男はどうしただろうか
そんなことを、思いながら。
ちなみにナッシュは先ほど水浴びをした湖に飛び込み、しばらく上がって来れなかったそうな。
≪終≫
色気企画のテーマを取り違えてる気がしなくもないですが(多分正解)捧げさせてもらいます。幻水最愛カプのナッシエです。
…あれ、おかしいな。どこで間違ってこんな微妙に品のない話になってしまったんだろう…(知らないよ)
しかもどことなくMOEポイントを外してる気がします。
かろうじて『年齢差MOE』(おそろしく差がありますが)と『ヘタレ攻めMOE』(攻めきれてませ
んが)くらいでしょうか。あと雰囲気が微エロ?(それほどでもない)
『色気企画→…とりあえず脱がしとくか』の思考回路で考えた話なので(もうどうしようもない)全体的に中途半端ですが、どうぞお納めください。
ちなみに途中、話の意味がわからないよ!という方。どうかそのままのあなた いてください。間違っても親御さんに聞いたりしちゃいけませんよ(笑)
何度でも皆さんご一緒に!せーの
MOE
あああああナッシュ若い!若いよ!
なんといいますか、可愛らしすぎです(笑)青少年!キャー恥ずかしい!(ハイテンション)
もちろんお子さまなので話の意味はサッパリ分かりませんでしたよ(笑)ええ、ほんとですよ。ほんとですって!
ヲトメなシエラさまにコロリといきました…!ビッグバードさん本当にありがとうございました!!
(駒田) |