例えば、そうこんな話。

「なんだよ、おまえ。そんないらねぇコトすんなよ」
「なによぅ、せっかく直してあげたのに〜」
驚かせたくて。
ありがとうって、言って欲しくて。
こっそり、テントの荷物から。彼の破けた黒装束、待機してる間に繕っておいた。
それなのに。
洞窟の入り口調査から帰ってきた、セシルたちがそれぞれ火を囲んで、様子と対策を語る。
いつ気がつくかな。って。ワクワクしながら、テントに彼が入るのを目で追った。
彼の荷物の一番上に置いておいたから、スグわかるはず。あ、でもニブイから気付かないかな?
ヘンなとこ気を遣うくせに、肝心なトコ分かってないってコト多いしねぇ。
どうだろ。早く気づいてくれないかな。
セシルとカインが話してるモンスターのコトとか、洞窟の地形のコトとか。そういうムズカシい会話は、一切耳に入らず。
わたしは、膝に頬杖をついて男用テントの入り口を見つめていた。
その視線の先で、

バッ・・・

イキオイよく入り口がめくれ上がる。

「・・・・・・リディア、テメェ。・・・っこれは、なんのイタズラのつもりだ」
「は?」
「しらばっくれんな、こんなコトすんのは、おまえしかいないだろうが」
あまりの展開になんのことか、さっぱり状況の理解できないわたしに、エッジが赤い顔してまくし立てる。
ただならぬ彼の剣幕に、セシルもカインも、食事の支度をしていたローザさえも「なにごと?」と、手を止めてきょとん、としている。

「な、なんの話よ」
「ナンもカレーもあるかっ。俺様の貴重な着替えの黒装束の話だよ。おまえ、いじっただろうが」
「あ」
コトそこに至って、やっと思い当たる単語に出会う。
わたしの反応に、「どうせ、いつもの」とでも思ったのか。セシルとカインはお互いに顔を見合すと、ひとつ肩をすくめて、再び地図作りを再開した。

「えへへ。気づいてくれたんだ。アレ、破れてたからね、ちゃんと繕っておいてあげたんだよ。上手くできたでしょう」
ウレシクって、にこにこしながら白状する。
イタズラだなんて、酷いこと言われたような気がするけど。ま、エッジの口が悪いのは今に始まったことじゃないし。あ、あと寒いシャレもね。
だが、エッジは額に手を付いて。それから、頭をがしがしとかき回すと、ため息混じりに、

「なんだよ、おまえ。そんないらねぇコトすんなよ」
視線を斜め45度ずらして。地面に向かって、吐き捨てた。
あたまがまっしろになる
一生懸命、久しぶりの針仕事だけど。みんながんばってるんだから、って。お手伝いしようって。
驚かせたくって、ありがとう、って言って欲しくて。
お料理とか、傷の手当とかできないけど・・・魔法以外にも、できることあるんだって。
・・・・・・女の子らしいとこ、あるんだって見せたくて。

「なによぅ、せっかく直してあげたのに〜」
他のメンバーも、いつの間にか手を止めて、わたしのコト見ているのがわかる。
にらみつけた先にエッジのバカ面。
ちょっと不貞腐れたような顔は、「俺は怒ってる」って思いっきり主張してて・・・・・・マジ、むかつく!

「・・・エッジのアホッ。おたんこなす、デベソのバカちんっ。あんたなんか、だいっキライ」
「なんだと、テメェ。この薄っぺらの洗濯板が。訂正しやがれ、俺はデベソでもなけりゃバカちんでもねぇ。むしろ俺様のちんは賢くて聡明だ」
ぷち。
忍耐リミットブレイク。

「こ・・・の、お下品下ネタ無神経ド腐れミミズがぁぁぁ・・・召喚、リヴァイアサンっ」

キィィィィィンッ
・・・ぐぉぉぉるるるるぅぅぅああああ

『わが娘の善意を踏みにじった上に、下品極まりない言葉を浴びせるとは・・・死をもってして償うがよい。―――大海嘯』
ざっぱんぁ―――ん

「き、きた・・・なっ・・・・・・ごぶっ」
「ふんだ。エッジのバカ・・・もういい。わたしには、パパとママがいるもん」
パパ(リヴァイアサン)の生み出した津波に飲まれ、消えていく姿を見送って。わたしは、ぎゅっと目元にかかったしぶきを拭った。
呆然と成り行きを見守っていてくれた、みんなが言葉なく立ちすくむ中、ぽつり。と

「・・・夕飯のカレーが・・・・・・」
ローザのつぶやく声だけが、耳に響いた。





「懐かしい〜、あったあったそんなこと」
「あっ、オマエ。ヒトのタンス勝手に開けて、ナニしてやがんだ」
「なによう。いつまでたっても、エッジが整理しないのがいけないんじゃない」
部屋に入ってくるなり、開口一番。文句をたれる男は、一顧だにせず。わたしは手のものを、広げて見せた。

「じゃーん。これ、懐かしくない?」
「・・・・・・懐かしくねぇよ」
となりにやってきて、わたしと同じように床に座り込んだ彼は、すこし不機嫌そうに膨れっ面をした。
今となっては、わかる。・・・・・・これは、彼がちょっと照れているんだってこと。

「懐かしいもなにも、昨日のコトみたいだぜ」
恐ろしいことを思い出した、と言わんばかりに腕をかき合わせてさする仕種は無視して。わたしは、広げた黒装束を指でなぞった。

「こーんなに、上手くできたのに。エッジったら、怒るんだもん。とっておきのフェルトだったのに」
「・・・・・・オマエなぁ。・・・こんなん付けられたら、フツウの男は怒るって」
呆れた視線の先には、ピンクのモーグリのアップリケ。お裁縫道具と一緒に持ち歩いていた、歯切れのフェルトで作った、わたしの力作。

「カワイイじゃない。それにパッカリ裂けてたから、ツギあてなきゃ直んなかったんだもん」
「だからって、コレかぁ?」
「もー、わかったわよ。・・・・・・わたしが・・・悪かった・・・です」
ずっと言おうと思って忘れていた言葉。
あの後、レイズでとりあえず一命だけは取り留めたエッジをローザに任せて。いったい、今度のケンカはナニが原因だったのか、とセシルとカインに問われ、憤慨しながらふたりに言いつけるように、アップリケを付けた黒装束を見せた。
思わず絶句したふたりはたっぷり数秒後、

『・・・・・・リディア、コレは確かにカワイイとは思うけど』
『いや、上手いし、よくできてるとは思うが・・・』
『・・・こういうのは、ちょっと・・・その・・・エッジには、子供っぽすぎるんじゃないかなぁ』
『いくら中身が子供っぽくても、まあ、一応大人の男だし』
口々にわたしの非を、それでもなるべくやんわりと諭すふたりに、わたしはシュンと小さくなって、上目遣いに見上げた。

『ごめんなさい・・・』
『いや、まあ。そのエッジの言い方も悪かったわけだし。・・・リディアだって悪気があったわけじゃなくて、えーと、良かれと思ってやったんだし・・・ね』
『俺たちじゃなくて、エッジ本人に謝るんだよ』
そう言ってカインは頭を撫でてくれた。

『あの・・・そうじゃなくて・・・・・・その、2人のね。こないだの戦闘で破れたマントとズボンもね・・・アップリケ、付けちゃったんだけど』
『・・・』
『・・・・・・』
今度こそふたりとも、言葉もなく立ち尽くした。




「はあ・・・リディアさん、なんですって?声が小さくて聞こえませんなぁ」
「聞こえてるじゃないっ。・・・あのときは、わたしが悪かったって言ったのッ」
にへらにへら笑いながら、人の顔をのぞいてる悪趣味なヤツはほっぽって。わたしは、開けっ放しだったタンスの引き出しの中に目を落とした。
わたしだって、自分の顔が赤くなってるのが、イヤでもわかる。それが余計に恥ずかしいっていうのに。そんなことを百も承知で、そんなわたしの心の動きまで楽しんでいるこの男・・・まったく、本当にムカツクんだから。

「あーもう。なんで、この中。こんなガラクタばっかりなのよ。みんな捨てちゃうわよ」
「おいおい、ガラクタはないって。これは、俺の宝入れなんだって」
「・・・・・・これが?」
驚いて目を見開き、彼を見つめる。
隣の男は、目をキラキラさせて嬉しそうに、タンスの中のすすけた手裏剣を手にした。まるで、大きな子供みたいに。

「俺の子供ん時のシロモノはみんな、焼けちまったんだけど。これは、庭の木の下に埋めといた宝箱から出てきたんだぜ。いや〜、これで遊んだ・・・じゃなくて、血がにじむほどの修行をだな、したんだなこれが。特訓特訓猛特訓の日々に、紅顔の美少年エッジ王子は」
そう楽しそうに手の中の鉄をもてあそんで語る言葉が、どこか遠くに思えた。
そんな思い出の宝物やら、たぶんかつての城の飾りだったと思われる、熱にひしゃげたエンブレムと一緒に。
・・・この黒装束を、ずっと持っていてくれた?
なんだか・・・熱く、にぎやかに語るその姿が。とっても、

「ん?なんだ、どうかしたか?」
ぼんやりと、彼の横顔を見つめて黙ったままのわたしに。不審そうに問う、その声へ。

「ううん。なんでもない」
わたしは、頭を振ってにっこり微笑んだ。

「それより、ちゃんと片付けてよ。これじゃあ、引っ越して来れないよ」
「う〜ん、やっぱり部屋改築するかぁ」
頭をぐしゃぐしゃとかき回して、斜め45度下を見る。
これは、困ったときのクセ。

「あっ。ナニコレ」
引き出しの奥に手を突っ込むと、何か硬いものに触れた。なんだか、つやっとした手触り。

「ん・・・本?」
引っ張って出てきたのは、数冊の本。

「えっ・・・あっ・・・そ、それはヒミツの・・・そう、この城の超需要機密のマル秘の忍法帳っていうヤツで」
「とてもそうは見えないけどぉ・・・」
エッジは、ヤベェ。と、一言ギリギリ聞こえる声で呟いて。
わたしの手から本をひったくると、さっさと後ろに隠してしまった。
・・・そんなの、中身見なくとも想像つくけどさ。
焦った様に、どぎまぎする彼が。なんだか、子供みたいでカワイくて。

「・・・こないだパパとママの前で、『結婚するんだからふたりの間に、ヒミツは後にも先にもナシ』だって・・・言ったのドコのダレ?」
「うっ・・・」
・・・つい、いじめたくなってしまう。
目を宙に泳がせて、どう言い逃れようか必死に考えているのが、バレバレなのがまた可笑しい。

「別にいいけどさ。それぐらい・・・でも、ヒミツってのは・・・ナシだよ」
口をとんがらせて、ちらり。と横目でにらむようにして言えば。

「・・・・・・ごめんなさい」
唇をかんで数秒沈黙。そして、腹をくくったのか。両手をついて・・・あっさりと揚げた白旗。
まったく、わかりやすくて素直で。こんな情けないところまで、彼らしいって思ってしまうあたり。
わたしってのも、救われないよね。

「素直で結構。ま、パパとママには報告するけど」
「えぇぇっ、待てリディア。いや、リディアちゃん。リディア様、思いとどまって」
慌てる彼に、ちょっとイタズラっぽく微笑んで。

「うーそ。でもローザには、話しちゃおうかな〜」
「・・・・・・そ、それもちょっと」
どうせローザもセシルもリディアの見方なんだしよぉ。
そんなことをぶつくさ呟きながら、床の上に胡坐かいてるのが一国の王様なんてね。
しかも、もうすぐこのわたしもお妃様だなんて・・・

「実感わかないね」
「ん〜・・・・・・まあ、そうだなぁ」
たったそれだけで、いったいわたしが、何のコト言ってるかわかったのか。
エッジはひげの剃り跡でも探すように、顔をてのひらで撫で回すと。

ぽふっ

「わっ」
気がつけば、彼の腕の中。

「ホンット、ウソみてぇだよな」
硬い胸板に頬を押し付けて、広くて大きな腕に包まれれば。わたしは、すっぽりと彼の温度に納まってしまう。

「こんな、ぺったんこの洗濯板で、ちっこい上に折れちまいそうに、細っこくて・・・・・・」
「なによぉ」
あまりの言われように、どん。と、筋肉ののった胸を叩く。
けれど、まるで何もなかったかのように。そ知らぬ態で、エッジの手がわたしの髪に触れた。

「気が強くて、美人の・・・・・・すっかり一目惚れした、ネエちゃんが・・・嫁に来てくれるなんてなぁ」
「・・・・・・」
「シアワセに、するよ」
そして彼の腕が、苦しいくらい。ぎゅっとわたしを抱きしめる。
・・・照れ屋だから。
きっと、今ありえないくらい真っ赤な顔してるに違いない。
それを見られたくなくて、いつもよりもキツく抱きしめてるってのもバレバレ。
でも。

「ばかだな〜、もう。・・・エッジが、こうやってギュッとしてくれれば。それだけで、わたしはシアワセだよ」
わたしも、精一杯腕を伸ばして。彼の意外に細いカラダを抱きしめた。
でも。
そんなのも、全部・・・好きなんだから。きっと、病気だね。責任、ちゃんと取ってよ?

「そっか・・・」
頭上から。同時に、押し当てた胸から直接響く、男の人にしては高めの声がにやけてる。

「それじゃあ、アレだな。・・・ジイさん、バアさんになるまで・・・シアワセに暮らそうぜ」
「うん。それ、イイね」
例えば、そうこんな話。
あのときのコトも、このコトも。たくさん、たくさん積み重ねて。
甘いコト、酸っぱいコト、そしてちょっぴりほろ苦いコトも。
山ほど積んで、まるでミルフィーユみたいに。
一緒に築く、わたしたちの歴史が。
いつか、美味しいケーキになりますように。

「ね。エッジ、あの黒装束着てくれる?」
「・・・・・・」
「セシルは、ゾウさんアップリケのマント着てくれたのに〜」
「・・・カインは着なかっただろ」
「だって、カインだし」
「・・・まあな」
「でも・・・」
そして、わたしは彼の腕を抜けて、ありったけのキモチとともに。

「・・・大事に取っておいてくれて、ありがとね。・・・大好き」
ちょっぴり腕を伸ばして、彼の唇にキスをした。

たぶん、これは。わたしたちのミルフィーユの。
甘いカスタードの部分・・・かな?



mille-feuille
fin
18 mai 2005




ハズカシ〜。いや、自分で書いておいてなんですが。相当に赤面モノですね。
エジリディ、久々です。色気祭に参加するに当たって、ナニで書こうと考えるまもなく。どうしてもこの2人しか浮かびませんでした。
一応目指したのは、「ケンカすれども、根っこつながりでMOE」と、「ギャップMOE」、「年の差、体格差MOE」、「照れ屋の告白MOE」・・・どれもこれも中途半端にクリアできてないし!
自分が引越ししたので、荷物整理から思い出発掘・・・というシチュエーション・・・とくれば、結婚前。(笑)
と、いきなりラブ度高い状況設定だったくせに、なんつーかただ山ほど砂糖入れただけで、旨味の全くない肉じゃがみたいな話になってしまいました。下品だし。(平謝)←それは、天性なので治しようもないかと。
ともあれ、こんなお話ですが色気祭に捧げさせていただきます。参加できて、とても光栄です。ありがとうございました。





さあ皆さんご一緒にどうぞ(笑)




MOE




うっはーーーあまいーーーあまいーー!
いじらしい女の子を書けるのはあひるさん以外に存在しません(断言)
リヴァイアサン呼び出しちゃうリディア様にうっとりしました。め、めんこい…!
あひるさん本当にありがとうございました!あああエッジもかわいいなあ…ぷー(脳がオーバーヒート)
(駒田)