凸凹道を荷車に乗って


突然降って湧いた自由行動の時間を、彼女は珍しく一人公園でのんびりとする時間にあてがった。
愛しい青年を追いかけ回すのでもなく、賢き狼と戯れるのでもなく、手下の吸血鬼を引きずり回して買い物に行くわけでもなく、女性陣と連れだっておしゃべりに花を咲かせるわけでもなく。
その行動には特に意味があるわけではなく、彼女のムラのある性格がなんとなくそうさせただけであり、現にのんびりするのに飽きた彼女は そういえばカレンに化粧のしかたを教わる約束であったことを思い出し、宿屋に戻ることにした。日はすでに落ちかけている。カレンのことだから、ゼペットあたりを誘って宿の酒場で飲んでいるに違いない。

しかし、彼女を待っていたのは巨大な影。
彼女がカレンの名を呼びながら酒場の戸を開けようとしたその瞬間、どこからか湧いてでたかのようにすっとんできて、慌てて言った。


「今近寄らない方がいいだっち!」

「どうしてよ!私はカレンを探してるだけなのよ?」

「その、カレンだら」

「は?」


思わず出した空気の漏れるような彼女の声に、男は何故か声を潜めた。


「ゼペットがやられただら」


悲痛な面持ちで。


「え」

「ルチアも瞬殺だったっち」

「な、なんで?」

「何でも何も、わかるだら?悪酔いモード発動カレンにはお釈迦様でも敵わないだっち」


しかしカレンの悪酔いはいつものことでありかなり酷い絡み酒ではあるものの、絡まれなければそう大した被害ではない。
半信半疑でその顔を見上げれば、彼はこれでも信じないなら中を見てみるだらよとそっと戸を開けて見せた。中に気付かれないようにと念を押して。






カウンターには机に顔をべたりと貼り付けた老人の姿が、
スカートがめくれきわどい姿で床に崩れ落ちている女の姿が、
ちらりと見えた部屋の隅、自分は人間ではありません、酒瓶です、と言わんばかりに転がっている未来の夫(予定)の姿が、それぞれ彼女には見えた。
マスターはどこへ消えたのか、カウンターの中にその姿は確認できず。



そのまま、少しずつ顔を上げていった彼女は、そのカオスの中心に見た。



土焼きの酒瓶を片手に、微笑みかけてくる一対の瞳。
見つかったと思うその前に、二人の心は図らずも、重なる。




鬼だ
鬼だわ




あら、二人とも。そんなところで何してるのこっちきて一緒に飲みましょ?みんなよいつぶれちゃって困ってたところよほんと、みんな弱くてかわいいわよねほら早くこっちいらっしゃいってたまにはアナスタシアもいいでしょなによどうしたのあら








どうして逃げるの?




微笑んで手招きする、その姿に答える間もなく、彼らはその場から逃げだした。
















酔っぱらいという生き物は何をしでかすかわからないものであり。
彼女は何故か次のターゲットを二人に確定したらしく、彼らをひっつかまえんとばかりに酒場から飛び出してきた。右手には愛用の剣。左手には酒瓶。危険人物。
対する、酔っぱらいから逃げる二人は普段の漫才が物を言うのか息がぴったりであった。
ヨアヒムにタックルをかましてきたカレンはアナスタシアがヨアヒムにキックをかましてぶっ飛ばすことで、その勢いのままカレンがキック直後の硬直中のアナスタシアの服を掴もうとすればヨアヒムはその首根っこをひっつかんで持ち上げることで回避した。
そのままギャーギャーと悲鳴を上げながら赤レンガ倉庫中逃げ回っていると、買い出し帰りらしく山ほど紙袋を抱えたウルと、つき合わされたらしいブランカと遭遇した。
彼らは全く持って平和そうにゆったりと歩いていたが、目の前に近付いてくる土煙に足を止める。


「よう、何やってんの、ちょっと。楽しそうじゃん」

「どこに目ぇつけてんのよその顔にくっつけてんのは飾り!?節穴!?」


普段通り怒鳴り散らしてはいるものの、よっぽど恐ろしいのかヨアヒムの頭にひしりと全身でしがみついて


「ギャー!前が見えないだっち!!」

「キャー馬鹿!そっちじゃないわよ!左よ!左!」


などとやっている二人に、何をそんなに怯えてるんだっつの。お前ら最強じゃん、ある意味。とウルは彼らが駆けてきた方向を見やる。



遠くに再び巻き上がる土埃。
それはパーティの中で唯一に近い常識人の彼女。
そして手には一升瓶。


日本のお酒はきついものが多いですから気をつけてくださいね甘くて飲みやすいですから女性なんかうっかり飲み過ぎちゃうようですよ。うちの母もひどいのなんの。と念を押していた蔵人の声が蘇った。まさか、カレン、お前はこのパーティで唯一の常識人でありだからこその苦労人を請け負っていたんじゃなかったか。









一升瓶を抱えた般若はもう目の前にまで。逃げられない。
逃げようとしたブランカを羽交い締めにしながら、ウルは現実逃避の為に沈む夕日を眺めた。
横浜の町が橙色に沈む中、大男とその首にしがみついた少女が夕日に向かってがむしゃらに駆けていく姿が、彼の見る光景の

最後だった。

おっきい人がちっさい人を肩に乗せてるMOEでしたー!
ってこれほどMOEとはかけはなれてるものもあるまいと思いつつ…シャドウハーツです。
凸凹はピンチの時は助け合うのです(笑顔で)

リクエストありがとうございましたー!