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教室移動のために廊下を歩いていた彼はふと、背中に違和感を感じた。 なんとなく首元を引っ張られるような。 背中に何か軽いものを背負ったような。 振り返っても誰もいなかった。 なんだろう。気のせいだろうか。 彼が立ち止まり、暫く動きを止めて悩んでいると彼の足元からひょっこりと出てきた小さな顔。 彼は心臓が止まるかと思った。 彼の心臓を痛めつけたことなど、全く知らないであろう彼女はその薄い生地のスカートの端をつまみ、優雅に一礼した。 ごきげんよう、取手クン。 あ…う、うん。どうしたの椎名さん。 もう、ようやく気がつきましたのね、何度声をかけても気がつかないんですもの思わず後ろから飛びかかってしまいましたわ。 飛びかかったんですか、そうですか。 その先のとがったヒールの靴で、そのふわふわと揺れるスカートで、廊下を走ってきて自分にしがみついたというのか。ああ女の子というのはなんと凄い生き物なのか。 大体、これまで背後に誰かが立つだけで恐ろしくて仕様がなかったというのだが、彼女の渾身のタックルを自分が気がつけてもいなかったというのは、もしかしなくても大分おかしい話である。 彼女の声が小さいというのもあるけれど、自分はもしかしてどこか鈍くなっているのではないかと彼は思った。 そういえばあのC組の三人組は、いつもそんな彼を心配していてくれていた。 ああ、取手君。僕ァ君のその繊細すぎるところが心配でたまらないよ。いや君の繊細なところは素晴らしい長所だけど、そのおかげで君が疲れてしまうのを見るのはあまりにも忍びない。 そうだよ取手クン。取手クンは優しすぎるから、もっとずうずうしくなっていいと思うなあ。 手本にするなら、ほらそこにいらっしゃるし。 先生お言葉をどうぞ! あー取手、よーーーーっく見て学んどけ。こんな図々しいアホ二人はそんじょそこらじゃ見られないぞ。 彼らの心配は杞憂に終わってくれたらしい。ああ、みんな。やっぱり僕は大分図々しくなってきているようだよ。 「あのぅ取手くん?取手クンがのんびり屋さんになったことはリカも素敵なことだと思いますわぁ。でも、お話くらいは聞いて欲しいんですのよ」 「ご、ごめんよ椎名さん。待たせちゃったね」 「いいえぇ構いませんわぁ。今のほうがずっといいですものぉ」 「ええと、ありがとう。それで、僕になにか用事って…?」 彼女は言った。 なんでもないことのように。まるで友達が遊びに来るというくらい簡単に。 「そうなのですわぁ。リカのおうちに新しいグランドピアノがくるのですのお」 そのあまりに嬉しそうな表情に、彼も思わず微笑んでよかったねと返す。 しかしそのメーカーと名前を聞いて、思わず彼は唯でさえ白い顔をますます蒼白にした。 少なくとも音楽室にあるピアノと0が一桁は軽く違うだろう。 一桁どころの騒ぎではないかもしれない。 それで頭の回路が切れかけていた彼は唯でさえ彼女のペースであった会話の主導権を完全に握られた。駄目だ、抵抗できない。急流に巻き込まれる。この感覚を何処かで感じたと思って、彼ははたと気がつく。そうだ、転校生を中心とした戦友達との会話。中でもあの3人が作り出す(きっとその中の一人は怒るけれどそれでも)彼には居心地のいい清清しいまでに全てを押し流す流れ。 目の前の彼女は上目遣いで彼を見て、 その小さな白い手で彼の大きな白い手をとって、 そして彼に静かに微笑んで。 「ぜひ取手くんに弾いて欲しいんですの。よろしければ冬休みに遊びにいらして?」 抵抗できるはずがない。 「え、う、うん。僕なんかでよければ、喜んで」 「聞きました八千穂さん?彼女のお家にお呼ばれイベントですよ!」 「こりゃあ取手クンおいしいとこ持ってったねぇ!」 「青春真っ盛りですなぁ!ああ、なんて羨ましい。俺も今からピアノ習っても遅いかな!」 「二番煎じには遅すぎるだろ」 「あーやっぱそうかーっ…ねえねえやっちー俺ハーモニカ得意だよハーモニカ」 「えっほんとに!凄い!聞かせて聞かせて!」 「よっしゃそうこなくっちゃ!俺の十八番の浜田省吾メドレーを披露いたしましょうぞ」 「お前は絶対取手には勝てねえな」 「慎み深さがないからね!」 自覚してるのかよ。 彼はため息とともにアロマパイプから煙を吐き出し、青春真っ盛りであるところの二人を見やる。 きゃあきゃあと彼の背中に飛びつき(そうとしか見えない)喜びを表現している彼女と、(いつもそうだともいえる)困ったような表情でされるがままにされている彼がそこにいた。 |
後ろから抱きしめるMOEでしたー! 某取手くんとリカちゃんサイトさまの影響を色濃く受けました(平伏して) この二人は素敵ですよねってこれどっちかっていうと身長差MOEのほうなのではとか思いつつ、リカちゃんは何の下心もなく取手君も何の下心もなければいいと思います(力いっぱい) リクエスト有難うございましたー! |