絶滅危惧種

そのとき、まるで養豚場の豚を見るような目つきで彼女は男に視線を向けた。
ただし、彼女は仮にも聖職者である。豚に向ける視線のほうが今よりも感謝と愛情のこもった視線を向けるかもしれなかった。
姿を認めてからそのままたっぷりと30秒は沈黙のまま睨み付け、ようやく口を開いたかと思えば「特に用事がないなら黙って去れ」ときたものだ。男はなぜこのような仕打ちにあわなくてはならないのか全く分からなかった。分からなかったし、全く納得がいかなかった。不可解な話である。


少なくとも、名誉も地位も金も、そして美貌も人並み以上であると自信を持って断言できる自分が仮にも性別女の人間にここまでむげにされなくてはならないのか。自分が何をしたというのか。たまたまそこにいてなにやら昼食の準備か何かをしていた女がいたのでキスしただけではないか。大体、世の中の女というものは自分が歩いていようが走っていようが馬に乗っていようがちょっと手を出すだけで腕の中に飛び込んでくる仕組みになっているはずなのである。男にとってそれらはすべてお膳立てされて出てくるはずのものなのである。つまり旅先でホテルの自分の部屋に帰れば幾人かの美女が服を脱いでそこにいるというような。
だというのにこの女ときたら他の男には比較的親しげに会話をするくせになぜ自分にだけ態度が最悪なのか。尋ねてみれば「貴様にはあっちでも前科がある」とのこと。なんのことかとしばし考え、肉スプレー越しはノーカウントだろうがと返した瞬間額に大穴があくところであったのは記憶に新しい。


男と女の会話未満のやり取りを愉快そうに眺めていた第三者の男が「なによ、おたくらそういう関係だったわけ」と余計な台詞を吐いたが、彼女は「馬鹿な」と淡々と答えただけでその帽子を載せた軽そうな頭には風穴を開けようとしなかったのが男にとっては意外であった。レース中はそうでもないようであったが、自分の知らない間に友情とやらを築き上げていたのであろうか。
そういえば今だってこの女となにやらどうでもいい話で盛り上がっていたようであるし。(どちらかといえば一方的に盛り上がっていたともいえるのだろうが。幸いなるかな不幸かな、この男の不可解な冗談を理解する唯一の相棒はまだこちらに来ていない。だがこの女をその冗談をぶつける相手に選ぶのはどうかと男は思う。たまに自分にまで奇怪な動作とそれに対応した台詞を吐きにくるので手に負えない。話し相手は選ぶべきである)
「Dioさんよお、おたくあれか、本命にゃあ相手されないタイプか。難儀なやつぅ」なとど一言多く空気はわざと読まない男が口元をきらきらと光らせて笑うのでとりあえず尻尾で足払いをかけて、「お前に近づくのに俺の意志以外何がいるっていうんだ。まさかお前の許可が要るとでも?」と男は宣言してやった。
男をにらみつけたまま微動だにしない女に手を伸ばしかけたところで女は動いた。
一歩前に踏み出し、その両手で男の顔を掴む。頬に当たるたおやかでもなんでもない馬に乗り銃を持つ者の硬い手のひらを頬に感じながら、なんだ、やっぱりキスして欲しいのかという言葉を男が音声にする前に、無言で口元の絆創膏を勢い良く音を立ててはがされる。
痛々しい音と共に曝け出される裂けた口元に向かって彼女は言った。




「それ以上喋るようなら縛り首だぞ、この爬虫類」








彼はやっぱり、全く納得がいかなかった。











リクエストいただいたいたjojoこばなし。
レース後あちらの世界で仲良しディエゴとパンツさん。