おいくそじじい、と腹の底から冷え切るような声を投げつけられブラッドは手にしていた薪を片手にくるりと振り返った。なんだよイゴール。そんな顔したって怖くなんかないぞと笑みすら浮かべる不死の男を刺し殺さん勢いで睨みつけながら低い声を発す。てめえ余計なこと言いやがったな。
余計な事ねえ、とブラッドは首をかしげた。狂犬と呼ばれた男も年をとったためか騎士団と共に過ごした日々が長くなったためか、その近づくもの全てを皆殺しにせんとする男の狂気はなりを潜め、最近では団員の子供たちになつかれている有様である。その男から発される殺気を感じてブラッドはああ久しぶりだなあとのんびり思った。まあこの男、考えてみれば出会った時点で相棒と言う名の少女の子育てを一通り終えていたのである。初めて出会った時点で現役時代から比べれば随分丸くなっていたのであろう。若い時ってついつい調子に乗っちゃうことあるよね、分かる分かると元惨劇のディアボロスはのんびりと考えながら手にした薪を目の前で燃え盛る焚火の中へ押し込んだ。そしてようやくイゴールに向かって「まあ、そこ突っ立ってないでそっち座れよ」と声をかけた。

「どうしたんだよイゴール。余計なことってどれのことだ」
「選択肢があるのかよ」
「お前が余計なこと言うな、って言いそうなやつはいくつか心当たりがあるぞ」
「てめえをこれまで生かしておいた俺が一番の馬鹿だ」

話している間に馬鹿馬鹿しくなったのであろう、いとも簡単に毒気を抜かれたらしいイゴールはブラッドの真正面からは少し外れた位置に腰をおろした。ブラッドは微笑んで言った。

「お前が退団考えてるってマキにばらしたことなら謝らないぞ俺は」
「断言しやがったなこのボケ爺。早く引退してこの世から去りやがれ」
「あともう数十年したら嫌でもそうなるからそれまで待ってくれ。まあ聞いてくれイゴール。俺からばらしたんじゃないよ。マキのほうからお前が退団しちゃうんじゃないかって聞いてきたんだから」
「そこで馬鹿正直に返事するやつがあるかよ」
「あるよそりゃ。またお前ふらっとどっか消えちゃったらマキはまた探さなくちゃならないじゃないか」
「俺はいつまであいつの面倒をみなくちゃなんねえんだ」
「あれ、マキと意見が逆だな。マキは私が面倒みてあげなくちゃって言ってたぞ」

折角闇ギルドから足を洗ったというのに、悪い意味で名の売れた自分と一緒にいればこの先苦労するだろう。だからお前はこっちに構わずお前の人生を生きろ、とまあそんなかんじだからイゴールは黙っているのだろうとブラッドはマキに言った。しかしマキはマキで言い分があるのだ。それは彼女の言葉で「何を今さら」という。大体イゴールは自意識過剰なのよ。普通にしてればその辺にいるおじさんなんだから変なことに首突っ込まなければ元狂犬だなんてばれるはずないのに。だから変なことに首突っ込まないように私が相棒として首根っこ掴んでないと駄目だと思ってるの。
お前たちってずっとそんな調子だな、仲が良くていいことだよとブラッドが笑いながら言えば、狂犬と呼ばれた男は息を小さく吐き、同時に目の前の不死者に向かって毒を吐いた。面倒くせえな、マジで。


「ああてめえ相手にすんの真面目に面倒くせえ。お前完全に思考回路が爺だ」
「そりゃお前の倍は生きてるからなあ」
「本格的にボケはじめたな。倍どころの騒ぎじゃねえよ」

とにかく、お前たちの問題なんだから俺を通さないでお互いちゃんと話をするように。ブラッドの言葉にイゴールは心の底から面倒だという表情を隠そうともせず肩を鳴らし、こんなことなら黙ってさっさと抜けちまえばよかったと呟いた。
昔の彼ならきっとそうしていただろう。いや、昔の彼なら騎士団に加わることもなかったろう。ああ、彼も人が共に同じ世界で生きるということの喜びとしがらみを知ったのだ。


「まあそう怒るなよ。お前もいい年なんだから大きな心でどーんと構えろって」


それにお前が勝手に出てったりなんかしたらアリアが黙ってないぞ。あいつは完全にマキの味方だからな。お前なんか一撃で精霊界行きだよ。ブラッドが焚火の前から立ち上がり、男の肩をぽんと叩いて励ませば、イゴールはそんな一方的な神罰があってたまるかと口の端を上げた。
そんな死に方だけはごめんだね、とも。
いいやつだなあ、全然素直じゃないけどとブラッドは心の中だけで呟いた。そんなことを口に出そうものなら流石の"いいやつ"でも蹴りの一撃や二撃は食らわしてくるだろうことが容易に想像ついたからである。












「大体アリアの攻撃手段は何だよ。天罰か?雷でも落としてくんのか?」
「鳩尾への熱い一発。30年の修行の賜物だから結構効くぞう」
「お前女神になに護身術教えてるんだよ」




イゴール(39)とブラッド(450)。ついでにマキ(27)
マキはずっと若いままのような錯覚に陥ってたんですけど気が付いたら35過ぎてた。イゴさん50前じゃないかだがそれがいい(断言)
最後の最後までイゴールは連れまわしたかったけれども寄る年波には逆らえないというか戦士は使いづらいというか(問題はそこなのか)。