北風と太陽

サイレンスサイレンス、と耳元で呼ばれ青年の姿をしたものは首元にまきつく毛皮の頭に触れた。ここのところの血のにじむようなダイエットのおかげで、どこからどう見ても立派な襟巻である同僚は自らの尾を抱え、あの人じゃないかなあと小さく言った。
その言葉に顔を上げれば、肩を出したドレスに手袋をつけ輝く石のついたバッグを持った同僚の姿が目にはいった。ご丁寧にも大きな帽子まで被っている。しかしその顔はIRPOの女帝と名高い彼女そのものであり、いつもの制服姿からは考えられないめかしっぷりに首元の同僚は固まったようであった。ドールさん、だよ、ね?と恐る恐る尋ねる同僚に、たぶんと適当な返事を返し目の前の女帝の動きを待てば、彼女はお待たせ、と小さく手を振った。






バカラの地下で遺跡から許可なく発掘された盗品の売買が行われている、というたれこみに彼らの上司は大変なまでに食いついた。元々現場上がりの彼はとにかく自分の足で自分の目で判断することをモットーとした熱い男であるため、これは潜入捜査だ諸君、潜入捜査しかないと大変暑苦しい命令を下した。そこで頭を抱えたのは実行部隊の面々。リージョン間を行き来する旅人および冒険者の中に紛れ込むのはお手の物だが、今回の行先はバカラ、上を向いても下を向いても金の匂いしかしない場所である。サラリーマン稼業の彼らには大変荷が重い。しかしそこは上司命令、ここで腹をくくらねばボーナスカットの恐怖が待っている。面々は頭を寄せ合いやれスタッフとして雇われるのはどうかだのお前みたい柄の悪い職員がいるかだの先輩にだけは言われたくないですだのとりあえずラビットを磨いて高級感を出そうだの話し合った結果、チームの紅一点が客として紛れ込むという結論になった。新人隊員であるレンの恋人が以前兎の耳と尾をつけたスタッフとして潜入していたこともあり、その手はどうかという案も出かけたが口に出した瞬間ぶちのめされるのが流石に分かったのか、若きレン隊員は沈黙を守った。賢明な判断である。かくして、付き添いでサイレンスがドールの首元にコットンがどちらも見た目重視で配置された。






そして捜査方針も固まり決行日の夜。待ち合わせ場所であるクーロンのシップ発着場に堂々と現れた女帝はさあ、行きましょうと大変力強くのたまった。肯きをもって返事を返しながらサイレンスは首元のコットンを彼女に手渡せば、ドールは少しだけ口角を上げ微笑んだ。ありがとう、首元が涼しいと思っていたところなのよ。
そのあまりにも珍しい光景に楽しそうですね、ドールさんとコットンがつられて笑う。彼女はそりゃそうよと答えた。


「これ、上から下まで全部経費で落ちるんだもの」


こんなに楽しいことはない。さあ行くわよ二人とも、エスコートしてちょうだい。
颯爽と風を切ってバカラ行きシップ乗り場へ向かう同僚の背中を眺め、サイレンスは思った。なんという絶好調。これは楽しい仕事になるだろう。上から下まで揃えの燕尾服を着せられた今は執事という名目の妖魔は全員揃ったのでこれから向かう旨本部に控える同僚たちに一報を入れ、彼女を静かに追いかけた。
リージョン界を騒がせた密輸組織壊滅から10時間前のことである。










タリスお嬢様と執事サイレンスと襟巻コットン。どうしてもコットンを襟巻にしたくてしょうがない欲が炸裂してます。