息を吸える息を吐ける

うひゃあ、と部屋に足を踏み入れた途端、忠実なる僕の少女は奇怪な叫び声をあげた。
広く清潔な主の部屋の壁にはこの家の主やその家族の肖像画が飾られているのだが、その一番端にいつのまに仲間入りしたものか小さな額が増えていた。額の中には少女が一人はにかんだような微笑みを浮かべてそこにいた。薄い桃色のドレスがふわりと広がり、今にも動き出しそうなその少女の絵を吸血鬼になったことで身に付けた洞察力で発見すること1秒、わあ可愛い!誰だろうと思うこと1秒、そして恐ろしい結論に達すること1秒。まさかまさか!と騒ぐ僕の姿に、女主人は目敏い奴だなと読んでいた本から視線を上げた。



「それならさっきウォルターが飾って行ったんだよ。懐かしいものが出てきたとか言ってな」

「い、インテグラ様!これインテグラ様ですよね!?かっわいいー!すんごくかわいい!なんでこれ今までしまってたんですか!?きゃあかわいい!」

「ああそうだ。残念ながら私だよ。まだ夢に夢見てた頃のな」



再び手元の本に視線を落とす女主人と肖像画の中の少女を交互に見比べ、少女は時の流れの恐ろしさと運命の残酷さをまざまざと思い知る。この純真無垢な少女は10数年のうちに英国最強の女性になるのだ。まあ、今のインテグラ様もべらぼうに格好いいけど、と現状の姿をまじまじと見つめれば、なにかおかしいかとその視線に気がついた女主人は大変真面目な顔で僕に問うた。



「いくら私でも生まれたときから今のような訳はないだろう」

「そ、そりゃそうですよね。人間誰しも夢に夢見ちゃう時代ってありますよね!」



少女はがくがくと首を縦に振り、女の子ですもんね可愛い服着たいとか可愛いぬいぐるみが好きとかお姫様になりたいとか思うものですよねと大変偏った意見を述べた。ま、お姫様なんてものがそんな簡単になれたら世の中お姫様だらけですけどね!と大変夢のない言葉も続けたが。
お姫様ねえ、とどうでもよさそうに答えた女主人はふと、何かに引っかかったようにページをめくる手を止めた。
そう言われてみれば、と女主人は静かに紫煙を吐き出し、遠い眼をして言った。



「騎士」

「騎士ですか?」

「国のために、誰かのために、命をかけて戦う騎士というものに憧れていたところはあるな」



その言葉に少女は思わず感嘆の声を上げた。英国最強、いやもしかしなくても世界で一番強い婦人はあのたおやかで純真な少女時代から誰かを守りたいと思っていたというのか!なんという愛国心。なんという正義感。私は仕える人を間違っていなかった、これは私ももっと頑張らないとと気合を入れつつ、僕は主人に言った。



「インテグラ様は十分騎士ですよ」



にこにこと夜の眷属らしからぬ笑顔を浮かべて応える僕に、主人は肩をすくめた。












本来の用件であったオーダーを拝命し、それじゃあお仕事してきます!と生前を思わせる立派な敬礼を決めて駆けだして行った少女の姿をしたものを、女主人は片手をあげて見送る。ああ、奴はどこまでも元気だ。そしてなにかを諦めていない。
死人から若さを感じるとはこれいかにと思いながら再び紫煙を吐き出した女主人は虚空に向かい呟いた。私は騎士になりたかったのではなく、騎士に守られる側になりたかったのだというのになあ。背後の闇に言い聞かせるがごとく煙とともに吐き出された少しの憐れみも感じさせない嘆きは、そのまま静かに壁に吸い込まれた。





「ところがどっこい、私の命を救ったのはとんでもない化け物だった。夢もなくなると思わないか」

「随分な言い様だな、我が主」

「どこの世界に首をもがれても平然としているような輩に助けられてまだ夢を抱ける奴がいるんだ、我が僕」

「違いない」

「分かればよろしい」















主従が素敵すぎる漫画ということでよろしいか。(誰にたずねているのだ)
セラスかわいいよセラス
インテグラかっこいいよインテグラ
アーカードは無敵すぎるので反則です