点と線

その時、少女の姿をしたものは大変困惑していた。青年の姿をしたものが何の前触れもなく表れ一礼したかと思うと、何の言葉も発せずにいきなり大きな箱を差し出してきたからである。青年の纏う空気から妖魔であるというところまでは把握した。ついでに言えばかなり上級の妖魔である。そこまではなんとか把握したものの、そのほかは何一つ理解できなかった。

まず、服装。腕にはリージョン内の治安を守るパトロールの腕章。強いものは搾取するためだけに、弱いものは搾取されるためだけにこの世に留まっているはずの妖魔が世のため人のために働くなんぞ聞いたことがない。あれか、こすちゅうむぷれいか。どこかしらがとびぬけた輩が集まる妖魔だけにそういった服装に固執するやからがいてもおかしくない。女どもを集めるだけ集めて侍らす輩よりよほどまともというものである。

そして箱を差し出すという謎の行動。危害を加える意思が感じられないため執念深い元夫の差し金ではなさそうではあるが、この箱をどうしろというのか。受け取れとでもいうのか。
元々それ程気が長いというわけではなく、むしろ感情的に行動する彼女は思わず知り合いの魔物の空間に送り込んでしまおうかと思い青年を半分睨みつけるような勢いで見上げる。青年はその視線を真っ直ぐ見返していたが、はたと気がついたのか瞬きをしてその箱を開けた。
箱の中には様々な種類の菓子が溢れていた。余計訳がわからない。くれるのか、くれるというのか。菓子を?なぜ?なんのために?毒でも入っているのではなかろうな。


甘い香りが漂う中青年と少女の間には静寂が訪れた。動いたのは青年であった。
箱を片手に持ったまま、腰に差した通信機を優雅な手つきで耳元にやった。ああ、あれまで偽物だとしたらよほど手がこんでいることよと少女は思った。思ったところではたと思いだす。噂を耳にしたのは自分が忌々しい元夫のもとにいたころのこと。奇人変人の集大成である上級妖魔の中で周囲に引けを取らないおかしな輩。孤独と静寂を愛し、誰もその声を耳にしたことはなく、誰もその存在を目にしたことがないという存在すら危ぶまれた妖魔。…そんなはずはないか。




こちらヒューズ。おうどうしたよ。…なにぃ通じないだと?!お前なあ、そんなこともあろうかとラビットが礼状書いてたろうが、それ渡せそれ。忘れてるんじゃないよまったく。ちょっと姫さんにかわれ謝るから。
青年は通信機から漏れ出す声にやはり無言で肯くと、その手にした機械を差し出した。通信機の先には少女がいつぞや世話になり、いつぞや世話をしてやった知ったパトロールの男がおり、悪いねえ姫さん、と言葉を発した。この間ずいぶん世話になったからちょっとしたお礼をしようと思ってさ。たまたまそっち方面で仕事があった同僚に任せたんだがまあなんつうか伝わりにくい奴でね。困らせただろうけど勘弁してやってくれ。悪気はないんだよ、たぶん。
名を聞けばサイレンスだとのこと。なんとまあふざけた名前であることよ、と声を上げればIRPO所属はみんなそんなもんだよと男の笑い声が返ってきた。それじゃ、また。なにかあったら力になるから連絡してくれよと人間にしては頼もしい台詞を吐いたパトロールに礼を言い、通信機を返せばサイレンスと呼ばれた妖魔はまたしばらく沈黙のまま通信機に耳を当て、一度肯いてからその通信を切った。
そして胸元から封筒をひとつ取り出し、件の箱とともに差し出した。最初に差しだしたときとまったく変わらぬ動かぬ表情で少女を真っ直ぐみやるのである。見上げるのにも疲れ、少女がなんの気なしに青年の顔からそのまま視線を下げれば腰に下げられた光線銃は使い込まれており、その靴はくたびれていた。そこで少女はようやく理解した。ああこの妖魔は本当にパトロールであるのだ。人間らと肩を並べて世のため人のため働くことを決めたのだ。通信相手であったあの軽薄そうに見えてどこまでも仕事熱心な人間の男と同じくらい仕事熱心なのかもしれない。



「おぬし、仕事は楽しいか」



手紙を菓子を受け取った少女が礼を述べるとともにそう問えば、青年はゆっくりとしかし迷わず肯いた。それはもう、と言わんばかりに力強く。
それはなによりじゃな、と少女は初めて笑みを浮かべた。















「しかし、礼が菓子とはどういうことじゃ?確かに嫌いではないが」
「…」
「やらんぞ」









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零姫とサイレンス。
ヒィ〜とか言われるレベルには力の強い妖魔なんじゃないだろうかサイレンス。しかしどうしてIRPOにいるのか、これがわからない。
その辺盛り込んでサガフロのヒューズ編だけで一本ゲーム作ってもいいのではスクエニさん(すさまじく偏った意見)